○大澤政府委員
農業基本法案につきまして若干補足説明を申し上げます。
まず全体の構成について申しますと、前文と総則、
農業生産、
農産物等の価格及び流通、
農業構造の
改善等、
農業行政機関及び
農業団体、
農政審議会の六章から成っております。
まず前文ではこの法律を制定する趣旨を述べております。その趣旨といたしましては、まず、農業及び
農業従事者が
わが国の経済及び社会において重要な使命を果たしていること、従って、今後この使命を十分に果たし得るようにすることが必要であるが、他方、農業は自然的・経済的・社会的に不利な条件にあり、従って、他産業との間に
生産性の格差が生ずるので、この不利な条件を補正することが必要であることを述べ、次いで、近時における経済の著しい発展に伴って
農業従事者と他
産業従事者との間に
生活水準の不均衡が目立ってきていること、それとともに、いわば農業が曲がりかどに来ていると申しましょうか、農業及びこれを取り巻く諸条件が変化しつつあること、その代表的なものとして、
農産物消費構造における変化と他産業への
労働力移動について述べております。そうして、このような事態に対処して農業の
近代化、
合理化をはかり、
農業従事者が他の国民各層と均衡のとれた生活を営むことができるようにすべきことを国民の責務として宣言し、そのため今後農業の向かうべき新たな道を明らかにし農業に関する政策の目標を示すべくこの法律を制定することをうたっているのであります。
次に、本文に入りまして、第一章で、国の農業に関する政策の目標とそれを達成するための国及び地方公共団体の施策について規定するとともに、これを年々具体化するため、毎年国会に農業の動向に関する
年次報告及び年々の施策を明らかにした文書を提出すべきことを規定しております。第二章以下では、これを敷衍し、国が必要な施策を講ずるについて特にその方針を宣明すべきものと規定しております。そして、最後に、この法律の施行に関する
重要事項を調査審議するものとして
農政審議会について規定を設けております。
次に、各条項について御説明申し上げます。
まず第一条では国の農業に関する政策の目標を定めております。それは、前文で述べられておりますような農業及び
農業従事者の使命にかんがみ、かつ、いわば農業の曲がりかどともいうべき事態に対処するため、農業に関する政策の目標を、
国民経済の成長発展と社会生活の進歩向上に即応して農業の発展と
農業従事者の地位の向上をはかることにあるものとしております。その場合、まず、農業がその固有の自然的・経済的・
社会的制約から他産業に比べて不利な条件に置かれていることを考慮し、これを補正するようにすることといたしております。農業は、土地に結びついた有機的生産であることから、自然の変動の影響が大きく、また、機械等の高度な技術が入りにくいこと、生産者が零細多数であることや
農産物需要の弾力性が少ないこと、社会環境が立ちおくれていることなど、自然、経済、社会の各般の面にわたって種々の制約があり、そのため他産業に比べて不利となっているのであります。そこで、このような点を補正することによって目標とする農業の発展が可能となるような条件を整えることを規定しております。次に、
国民経済及び社会生活の発展に即応してどのように農業の発展と
農業従事者の地位の向上をはかるかということにつきまして、他産業との
生産性の格差が是正されるように農業の
生産性が向上すること、及び
農業従事者が所得を増大して他
産業従事者と均衡する生活を営むことを期することができることを目途とすることを規定しております。近時農業と他産業との間の
生産性及び
生活水準の格差は拡大する傾向にあり、これが農業の基本問題としてその解決が要請されていることにかんがみまして、今後は、農業の
生産性の向上が他産業のそれと少なくとも均衡し、さらにはそれを上回って現在の格差を縮めていくようにするとともに、
農業従事者が他
産業従事者とつり合いのとれた生活を営むことが可能となるように、農業の発展と
農業従事者の地位の向上をはかろうというので、これを理念として規定したのであります。以上が第一条の内容であります。
次に、第二条におきましては、第一条の目標を達成するために国が講ずべき施策について規定しております。すなわち、目標達成のために必要な施策を講ずべきことを規定するとともに、その施策の方向づけをいたしているのであります。従来とても国は農業を発展させるためにいろいろの施策を講じてきているのでありますが、この際目標に照らして農業の進むべき新たな道に即して施策を方向づけることとしたのであります。
必要な施策といたしましては、いわゆる
農業政策の範囲にとどまらず、財政、金融、労働、社会、文教等、国の各般の政策分野にわたりますので、「その
政策全般にわたり」といたしますとともに、施策は総合調整されて脈絡あるものとして講ぜられなければならないので、特に「総合的に」と規定いたしました。
次に、各号について御説明いたしますと、まず第一号は、
農業生産の拡大の仕方について規定し、需要の動向に即応するとともに貿易との関係をも考慮しながら
農業生産を合理的に拡大していくこと、すなわち
農業生産の
選択的拡大をはかることを規定しております。主食の需給が緩和し、さらに
生活水準が上昇を続けている近年におきましては、
農産物の需要構造は変化し、
農産物の中でも、所得の上昇につれて需要が大きく増加してくる
農産物と、需要が停滞ないし減少する
農産物とが分化して参っております。たとえば需要の動向として、
所得水準の上昇に伴って蛋白質食糧や果実等の消費が増大しておりますが、他方
澱粉質食糧の需要は停滞ないし減少するという傾向が現われ始めるのではないかと思われるのであります。従いまして、生産の方もこれに適合させることが必要であります。また、貿易の動向につきましては、農業においても真剣に考慮されなければならない段階となっており、外国産
農産物と競合関係にある
農産物の生産の
合理化が要請されております。今後の
農業生産の拡大は、単に総花的に数量を増加させればよいということではなく、このような需給条件に応じて選択的に拡大をはかるべきであるということ、これが第一号の趣旨であります。
第一号が生産拡大の態様を規定しているのに対しまして、次の第二号では、
農業生産についての目標として、農業の
生産性の向上と農業総生産の増大をはかるべきことを規定しております。農業の低所得の基本的な要因の一つが農業の
生産性の低さにあることは今さら申し上げるまでもありません。また、
生産性を向上し総生産を増大することは、農業に対する
国民経済の要請にもこたえるゆえんであります。そこで、農業の
生産性の向上と総生産の増大をあわせて規定して、
農業生産を伸ばしていくべき方向を明らかにしたのであります。そして、このためには、土地及び水の有効な利用及び開発並びに農業技術の向上が重要な手段でありますから、これについて必要な施策を講ずべきこととしております。
このような
農業生産についての目標、すなわち、
農業生産の
選択的拡大、
生産性の向上及び総生産の増大は、あまりに零細で非近代的な経営では十分にこれを達成することは困難でありましょう。高慶成長経済の下で顕在化した農業の基本問題の根底には、零細土地保有と、
零細経営という
わが国農業の構造的特質が横たわっておりますので、そこで第三号で
農業構造の改善をはかることを規定したのであります。
農業経営の規模の拡大、農地の集団化、家畜の導入、
機械化等、農地の所有及び使用収益のあり方を
農業経営という視点から見て合理的なものとし、相当な規模を持ち機械等の資本装備を十分に備えた
生産性の高い農業にしようとするのが第三号の趣旨であります。
以上申し上げましたところによって
農業生産、
農業構造に関する施策が講ぜられましても、生産された生産物の価値が正当に実現されなければ第一条の目標は達成されません。そこで、第四号において、生産者と消費者を結ぶ流通過程を
合理化するとともに、最近における食糧消費構造の変化に即応して発展が見通される
農産物加工を増進し、さらに積極的に
農産物需要の増進をはかることを規定したのであります。
第一条で申し上げましたように、農業は、自然、経済、社会各般の面において不利な条件にあるのでありますが、そのような
生産条件、
交易条件等の不利は特に価格の面に現われ、そのため
農産物価格は変動が著しいとともに適正な水準よりも低落しがちであり、その結果として
農業所得も確保されないということが起りがちなのであります。そこで、第五号におきましては、特に
農産物の価格及び
農業所得について規定を設け、このような不利な条件を補うように
農産物の価格の安定をはかるとともに、
農業所得の確保につき施策を講ずべきことを規定したのであります。
第四号と第五号は、流通面のうち
農産物の販売の面に関しての規定でありますが、次に
農業資材の面も考えなければなりません。特に、今後の農業技術の進歩、
農業経営の
近代化は、
農業生産資材の利用を増大させ、性能の高い資材を合理的に供給することの必要の度合いを増してくると考えられますので、第六号で、
農業資材の生産及び流通を
合理化し、価格の安定をはかることを規定したのであります。
次の第七号は、農業の主体的側面としての人の問題について規定しております。農業の
生産性の向上といい、
農業経営の
近代化といいましても、要は人間の問題であるとともに、また、最近
国民経済の成長に伴う就業構造の変化によって人間の問題が重要となってきております。まず農業の面についてみますと、今後におきましては、
農業経営の
近代化に伴ってそのにない手にも高い技術的知識能力が要求されて参りますので、農業に関する教育、訓練、普及事業を充実して
農業従事者の資質を向上させ、近代的な
農業経営の
担当者たるにふさわしい者を養成するとともに、農業を農村青年に魅力あるものとして、りっぱな人材が農業にとどまるようにその確保をはかることが必要であります。他方におきまして、他産業に就業することを望む
農業従事者及びその子弟に対しまして、十分な教育と訓練を行なうとともに、広く職業選択の機会を与え、その希望と能力に応じて適当な職業につき得るようにすること、これが第七号の内容であります。
以上の七号にわたる事項について総合的に施策を講ずることによって、農業の発展と
農業従事者の所得の増大、従いまして福祉の向上も期し得るのでありますが、福祉の向上にはそれだけでは尽くされない面があります。そこで、なお残された事項といたしまして、道路、上下水道、電気、電話、文化施設等、農村における生活環境的な施設の整備、あるいは家庭生活の改善、さらに婦人労働の
合理化等、福祉の向上をはかることを最後の第八号に規定いたしたのであります。
以上申し述べました八つの事項によりまして、目標達成のための必要な施策を遺漏なく方向づけているのであります。
なお、以上申し述べました国の施策は、全国を対象として別段に地域的配慮なしに行なわれることもありましょうが、たとえば
農業生産の
選択的拡大、
農業構造の
改善等、施策の内容によっては、地域の自然、経済、社会の各般の面にわたる諸条件の相違を考慮して講じなければならないものが少なくありませんので、当然のことではありますが、第二項にその旨を規定しております。
次に、第三条の地方公共団体の施策について御説明しますと、第一条の農業に関する目標は、まず国の農業に関する政策の目標でありますが、同時に地方公共団体の施策の目標でもあり、両者が相協力して初めて目標を達成できるのであります。このため、第二条で施策の中心になる国について規定したその次に、第三条において、地方公共団体は国の施策に準じて施策を講ずるように努めなければならないことを規定したのであります。
次の第四条は、第二条を受けて財政上の措置等について規定しております。第二条第一項の施策の実施の根拠となり、あるいはその具体的内容を裏づけるものは、形式的には法令と財政に分かれます。そこで、第四条第一項では、政府はそのために必要な法制上及び財政上の措置を講じなければならないことといたしております。この財政上の措置のうちには、その一環として必要な予算の計上ということも含まれております。次に、目標の達成のために必要な資金としましては、予算のほかに金融の問題がありますので、
農業従事者の必要とする資金の融通についてもその適正円滑化をはかるべきことを第二項において規定いたしております。
次に、第五条は、目標を達成する上に
農業従事者または
農業団体の自主的な努力がきわめて重要であり、これを基調としてそれを助長するように施策を講ずべきものであることにかんがみまして、国及び地方公共団体は施策を講ずるにあたってはこれらの自主的努力を助長することを旨とすることを規定いたしました。
以上申し述べました施策は、農業の動向に即して年々具体化されなければなりません。このため、第六条で、政府は毎年国会に農業の動向及び政府が農業に関して講じた施策に関する報告を提出すべきことを規定するとともに、第七条で、この報告の結果にかんがみて次年度においていかなる施策を講ずることとするかを国会に明示すべきことを規定しております。
この
年次報告の内容たる農業の動向といたしましては、
農業生産の動向、価格流通事情、
農業構造の変化の状況、農家経済の動向等を明らかにし、その中で第一条の目標に掲げられている農業の
生産性と
農業従事者の
生活水準の動向を分析し、これについての政府の所見を述べることといたしております。
この
年次報告は、次年度の政府の施策の基礎となるきわめて重要なものでありますので、それにおける統計の利用及びこれに基づく政府の所見につきましては、専門的事項にわたるのみならず、公正を期する要もありますので、特に
農政審議会の意見を聞くこととし、その旨を第三項に規定しております。
次に、第七条では、政府は毎年国会にこの報告によって示された農業の動向を考慮して講じようとする施策を明らかにする文書を提出しなければならないこととしております。これによって農業に関する政策が目標に照らして適正に行なわれることを期しているのであります。
以上が第一章総則のおもな内容でありますが、以下第二章から第四章までにおきましては、第二条第一項各号に掲げる事項について施策を講ずるについて特にその方針を宣明すべきものについて規定してございます。
まず第二章は
農業生産についてであります。
第八条は、
農産物の需要及び生産の
長期見通しを立てるべきことを規定しております。すなわち、今後における
農業生産は、需要の動向や外国産
農産物との関係を考慮しつつ選択的に拡大していかなければならないのでありますが、そのためには、各種の
農産物の需要及び生産についてある程度長期間にわたる見通しを立て、これを政府や地方公共団体が施策を講ずる場合の道しるべとし、また
農業経営の参考ともし得るようにすることが必要と考えますので、政府は、重要な
農産物につき、需要及び生産の
長期見通しを立て、これを公表しなければならないことといたしたのであります、この、
長期見通しのうち、特に生産につきましては、
農産物によっては全国一本では不十分な場合があろうかと思われますので、必要に応じ主要な生産地域についても
長期見通しを立てることとしております。
第二項は、需給事情その他の経済事情の変動により必要があるときは、需要及び生産の
長期見通しを改定するということで、いわば当然のことであります。
なお、この需要と生産の
長期見通しは、今後の施策の道しるべとなり、関係する方面も多く、また、その見通しを立てるには専門的検討を要しますので、これを立て、または改定するにつきましては
農政審議会の意見を聞くこととしております。
次に、第九条におきましては、
農業生産に関する施策について規定しております。すなわち、
農業生産につきましては、
農業生産の
選択的拡大、農業の
生産性の向上及び農業総生産の増大をはかるべく、そのため必要な施策を講ずべきことは第二条第一項第一号及び第二号に規定しておりますが、これを敷衍いたしまして、国は、そのため必要な
農業生産の基盤たる土地及び水の整備及び開発、農業技術の高度化、家畜、機械等資本装備の増大、
農業生産の調整等の施策を講ずることとし、その場合、当然のことながら、前条の需要と生産の
長期見通しを参酌して講ずべきことを規定いたしました。
第十条におきましては
農業災害に関する施策について規定しております。
わが国の農業はその自然的条件によって災害をこうむることが少なくなく、不安を免れませんので、国は、災害によって農業の再生産が阻害されたり、
農業経営が不安定になったりしないよう、災害による損失の合理的な補てん等必要な施策を講ずることといたしたのであります。
以上が第二章の概要でございますが、続く第三章は、
農産物及び
農業資材の価格及び流通について規定しております。
まず第十一条は価格の安定についてであります。すなわち、農業がその
生産条件、
交易条件等に関し他産業よりも不利な制約を受けていることはすでに申し上げた通りでありますが、国はそのような不利を補正する施策の重要な一環として、重要な
農産物について価格の安定をはかるため必要な施策を講ずるものとしているのであります。施策の重要な一環と申しますのは、これらの不利を補正するためには価格政策が重要な役割をになうべきこと、そうして、不利を補正する手段としましては、ほかにも生産に関する施策、流通対策があるわけでありますから、これらと相待って総合的に運営し、全体として目標の達成をはかっていくようにするという趣旨であります。このように価格安定の趣旨を明確にいたしました上で、そのための施策を講ずるにつきましては、生産事情、需給事情、物価その他の経済事情を考慮してすべきことを規定いたしました。なお、何が重要な
農産物であるかは、その
農産物の
農業所得形成上占める地位や今後の生産の見通し等に照らして定められるべきものと考えております。
次に、第二項におきましては、前項の価格安定施策の実施の結果を定期的に総合検討し、その結果を公表すべきことを定めております。この総合的検討のことを特に規定いたしましたのは、価格と機能なり影響なりは
農業生産、
農業所得、
農産物の流通及び消費等各般の面にわたり、また、各
農産物の価格は相互に関連しておりますので、これを総合的に考えなければならないからであります。そこで、価格安定施策を講じております
農産物全体について、
農業生産の
選択的拡大、
農業所得の確保、
農産物流通の
合理化、農生物の需要の増進、国民消費生活の安定等にどう作用したかという見地から総合的に検討いたし、自後における政府の価格安定施策の運営の参考としようとするものであります。なお、この検討は専門的かつ総合的に行なわれるべきものでありますので、
農政審議会の意見を聞くこととしております。
次に、第十二条におきましては、
農産物の流通の
合理化及び加工の増進並びに
農業資材の生産及び流通の
合理化に関し必要な施策を講ずべきことを規定しております。これにつきましては従来ともいろいろと施策を講じて参ったのでありますが。流通対策の重要性にかんがみまして一段とこれを強化するとともに、最近における需要の高度化や
農業経営の
近代化を考慮してこれに即応するように施策を講ずべきこととしたのであります。従いまして、このような考慮を払いつつ、
農業協同組合または
農業協同組合連合会が行なう販売、購買等の事業の発達改善、
農産物取引の
近代化、農業関連事業の振興等をはかるほか、最近における加工食品の需要の増加や
農業経営の
近代化に伴う資材の使用の増大に対応して、
農産物加工や
農業資材の生産の事業に
農業協同組合またはその連合会が出資者となり、あるいは長期の販売、購買の契約を結ぶことによって参加することにより、その健全な発展をはかろうとするものであります。
さらに、第十三条と第十四条におきましては
農産物貿易について規定してございます。
まず第十三条は輸入に関するものであります。御承知のように、
わが国の重要
農産物のうちには、その
国際競争力が弱く、現在は輸入制限によって海外
農産物の影響を遮断ないし緩和しているものが相当にあるのであります。従いまして、今後
農産物貿易の動向に対処するにあたっては、特に慎重な配慮が必要なことは申すまでもありません。それゆえ、国の
農産物の輸入に関する施策の方針は、まず
国際競争力を強化することを本旨とすることとしておりますが、しかしながら、同時に、
農産物の輸入によって価格が著しく低落し国内生産に重大な支障を与える場合には、価格安定の施策と相待ってそれのみでは十分対処し得ない場合に関税率の調整、輸入の制限その他必要な施策を講ずることとしたのであります。すなわち、緊急に必要が生ずる場合は当然輸入制限等を行なうことといたしますが、継続的な輸入制限につきましては、まずその前に第十一条の国内的な価格安定施策によることを原則とし、それをもってしても事態を克服しがたいと認められる場合に輸入制限措置によることとしているのであります。
なお、本条とガットすなわち関税及び貿易に関する一般協定との関係につきましては、本条に規定する措置をとろうとする場合においてガットの規定に定められた手続がある場合にはそれによらなければならないことは申すまでもないのでありまして、具体的に申しますと、緊急輸入制限につきましては事前あるいは事後にガットに協議すれば足りるのでありますが、継続的な輸入制限につきましては、ガット第二十五条の規定による承認を得なければならないことになっております。
次に、第十四条では、輸出の増進を規定しております。
農産物の輸出につきましては、生糸、ミカンかん詰め等現在でもかなり輸出されているものもございますので、これらの輸出が一そう伸びるように、また、現在は輸出されていない
農産物につきましても、その輸出をはかるようにするため、競争力を強化するようにするとともに、輸出取引秩序、マーケッティング等の面にわたって必要な施策を講ずることといたしております。
次に、第四章におきましては
農業構造の改善とそれに関連する事項を規定しております。
まず第十五条におきましては、まず
家族農業経営を
近代化してその健全な発展をはかることといたしております。それは、
わが国の
農業経営のほとんどが家族経営であるという実態にかんがみ、
農業構造の改善をはかるについてはまずこのような
家族農業経営一般についてこれを
近代化してその健全な発展をはかるべきものと考えるからであります。
次に、家族経営の望ましい姿として
自立経営を考え、できるだけ多くの
家族農業経営が
自立経営になるように育成するため必要な施策を講ずべきこととしております。
自立経営と申しますのは、
家族農業経営のうち、ここに規定しておりますように、「正常な構成の家族のうちの
農業従事者が正常な能率を発揮しながらほぼ完全に就業することができる規模の
家族農業経営で、当該
農業従事者が他
産業従事者と均衡する生活を営むことができるような所得を確保することが可能なもの」であります。「正常な構成の家族」と申しますのは、夫婦と子供を中心とした近代的小家族で、平均的な人数、性別、年令別等の構成をもったものを考えておりますから、そのような家族における
農業従事者は、労働単位で見ますと、現状では通常二ないし三人であろうと見られます。従いまして、
自立経営と申しますのは、簡単に言えば、二ないし三人の労働単位が能率よく働けば他
産業従事者と均衡する生活を営めるような
家族農業経営であります。
次に、第十六条におきましては相続の場合の
農業経営の細分化の防止について規定しております。戦後民法の相続編が全面改正されましてから十数年たったわけでありますが、農地等農業用資産の相続に関し何らかの措置が必要であることにつきましては、相続法改正の際から問題になっていたことは御承知の通りであります。その後の相続の実態を見てみますと、家族員相互間の権利意識の現況や農地制度の関係等により、相続によって
農業経営が細分化されるという事態は必ずしも一般的でないようにも見受けられますが、しかし、今後の見通しといたしましては、農家における権利関係の意識も進み、均分相続の機運が徐々に浸透していき、それによって
農業経営が分割、細分化されるということも予想しなければなりません。従いまして、相続法の均分相続の原則と調和をはかりつつ、相続によって
農業経営が細分化され、不安定となることを防止するために必要な措置を講ずべき段階になりつつあると考えられますので、これに関して規定を設けることといたしました。この規定の趣旨は
農業経営の細分化防止でありまして、遺産そのものの分割まで防止しなくても目的が達せられる場合もありましょうし、何分相続という基本的人権にわたる事項でございますので、具体的施策につきましては特に慎重に検討いたしたいと考えております。なお、ここで特に「
自立経営たる又はこれになろうとする
家族農業経営」といたしましたのは、前条で申しましたように、
家族農業経営の目標を
自立経営に置くことと関連しているものであります。
次に、第十七条は協業の助長について規定いたしております。ただいま申し述べましたように、
わが国の
農業構造は
家族農業経営から成り立っておりますが、経済の発展とともに個々の家族経営のみでは正常な
生産性や所得を確保することが漸次困難となってきております、それゆえ、家族経営を補うものとして、あるいはさらに家族経営と並んで
共同組織あるいは
協業組織が重要になって参ります。それゆえ、この第十七条は、
家族農業経営の発展、農業の
生産性の向上、
農業所得の
確保等に資するため生産行程についての協業を助長することとし、そのための方策について種々規定いたしております。これまでの農業における協業あるいは
共同化事業と申しますと、主として
農業協同組合等による販売、購買、信用等、流通過程に関するものであり、生産行程についての協業は、あまり比重が高くなかったように思われるのであります。しかしながら、今後において農業の
生産性の向上、
農業所得の増大をはかるためには、高度の生産手段や技術を中心とする生産行程の協業がぜひとも必要であり、それがまた
家族農業経営を発展させるゆえんでもあると考えるのであります。すなわち、まず単独では
自立経営になりがたい経営につきましては、
経営規模が零細なだけにそのままで
生産性を向上させることは困難であり、協業によって初めてその発展の可能性が生まれるのであります。そうして、それによって
農業所得の確保に資するとともに、他方
生産性の向上によって浮いた労働力を兼業に向けるなどにより、農家としての所得の増大をはかることができると考えるのであります。また、一応
自立経営に達しました経営につきましても、経済成長に伴って他
産業従事者の所得はさらに増大していくのでありますから、絶えず
生産性の向上が必要であり、従って、
経営規模も拡大し、技術も高度化していかなければならないと思われますから、
自立経営の改善のためにも、トラクターのような高度の生産手段の共同利用等、生産行程の協業を必要とすると考えるのであります。
以上が本条を設けた趣旨でございますが、ここで「生産行程についての協業」といっておりますのは、従いまして非常に幅の広いものでありまして、数戸の農家が農機具を共同利用するようなものから、現実に事例は少ないでありましょうが、各農家が農地、家畜、農機具等を出資して
共同化法人を設立し、各農家はもはや
農業経営体でなくなってしまうようなものまでを含めて考えております。そうして、それらのうち、共同利用施設の設置や農作業の
共同化等、生産行程の一部につきましての協業は現に
農業協同組合がやれますし、また、やっておりますので、その発達
改善等をはかることといたします。しかし、法人による
農業経営につきましては、現在の
農業協同組合は、みずから
農業経営は行なえないことになっておりますし、また、現在法人による農地等の権利取得は
農地法上原則として認められておりませんので、
農業従事者の協同組織を整備するとともに、農業を営む法人が農地等を取得し得るようにする必要があります。このため、別途、
農業協同組合法を改正いたしまして新たに
農業生産協同組合の制度を設けるとともに、
農地法を改正いたしまして、一定の要件を備えた法人による農地等の権利取得を認めることを考えております。なお、その場合、
農業従事者が協同組合的組織によって協業することも、有限会社等の形態をとることも、いずれも選択できるように考えております。これらの施策によって協業を助長し、
家族農業経営とその協業のための組織とが相並びながら
農業経営の
近代化に資するようにいたしたいと考えるものであります。
次に、第十八条でございますが、これは、農地の移動について、農地が
農業構造の改善に資するような移動の仕方をするように国が必要な施策を講ずることを規定しております。すなわち、
農業構造の改善として
自立経営を育成し協業を助長するわけでありますが、この場合、経営の基盤は農地でありますので、これらの経営による農地の取得や集団化が円滑に行なわれますことが最も必要と考えるわけであります。そのためには、まず農地の流動性を高め、農地が
自立経営の育成なり協業の助長なりに役立つ方向に移動するようにしなければならないのであります。その際考えられる施策といたしましては種々のものがあり得るかと思いますが、現行の
農地法の規制を一挙に全面的に改めることは、耕作と所有の著しい分離となるおそれが生じ、好ましくありませんので、現行
農地法の体系に即しつつ以上の目的を達成する方法として、
農業協同組合による農地等の売り渡しまたは貸付を目的とする信託の引き受けの事業を特記したのであります。従いまして、このため別途
農地法及び
農業協同組合法の一部改正法案を準備中でございます。
次に、第十九条では、教育、研究及び普及事業の充実等に関して規定してございます。申すまでもなく、近代的
農業経営はそれにふさわしい経営担当者を必要とするのでありまして、経営担当者の資質の向上なくして
農業経営の
近代化はあり得ないと思うのであります。従いまして、教育、研究及び普及の事業の充実等により近代的
農業経営を担当するのにふさわしい者を養成確保し、かつ、これらの者の技術水準を高めることによって
農業経営の
近代化をはかろうとするものであります。なお、教育や研究、普及事業は、
農業従事者の生活改善をはかるためにも充実する必要があると考えております。
さらに、第二十条におきましては、
農業従事者やその家族の
就業機会の増大のために必要な施策を講ずべきことを規定いたしております。すなわち、
農業従事者に対し他
産業従事者と均衡する生活を営むことができるような所得を確保し得るようにすると申します場合に、農業専業でいこうとする意思を持ち、またかなりの
経営規模を持つなどその能力を備えた
農業従事者につきましては、これを
自立経営になるように育成し、
農業所得のみで他
産業従事者と均衡する生活が営まれるようにすることは申すまでもありません。また、単独では
自立経営になりがたい経営でありましても、協業によってその目的を達するものもございましょう。これらについても要すれば兼業機会を考える必要がありましょうが、これら以外の経営につきましては、特に
農業所得のみでは他
産業従事者と均衡する生活を営むことは困難でありますので、教育、職業訓練及び職業紹介の事業の充実、農村地方における工業等の振興、社会保障の拡充等必要な施策を講じ、それによりまして兼業所得を増大して、農家単位で見た場合の家計としての安定をはかるようにし、あわせて、
農業従事者やその子弟が就職の際、またその後に不利にならないように、その希望及び能力に従って適当な職業につくことができるようにいたすためにこのような規定を設けたのであります。
次に、第二十一条におきましては
農業構造改善事業の助成等について規定しております。
農業構造の改善と申しますのは、第二条一項第三号で申し上げましたように、
農地保有の
合理化と
農業経営の
近代化でありますが、これを具体的に推進するためには、その基盤となる事業を総合的に実施することが必要であります。
農業構造の改善に関して必要な事業といたしましては、
農業生産の基盤たる土地や水の整備開発、道路、水道等環境の整備、家畜、機械等
農業経営の
近代化のための施設の導入等でありますが、そうしてこれらの事業はそれぞれ別々に実施してもそれなりの効果があることは事実でありますが、
農業構造の改善としての効果を十分発揮するためには、これら事業が一定の地域について統一的に樹立せられた計画に従い有機的連関を持って総合的に行なわれることが望ましいわけであります。今後
農業構造の改善をはかるにあたりまして、国は特にこのような形で実施される事業を指導、助成しようとするのが本条を特記した趣旨でございます。
第四章の最後といたしまして、第二十二条に
農業構造の改善と林業との関係を規定しております。すなわち、
農業構造の改善の具体的内容といたしましては、
家族農業経営一般についての
近代化、
自立経営の育成、協業の助長等でありますが、その場合、農業を営む者があわせて営む林業につきましては、これを単なる兼業と考えず、あるいは単なる財産所有と考えずに、農業と林業を一体として考えようとするのがこの規定の趣旨でございます。御承知のように、
わが国農家の七割は山林を所有しておりますし、特に山村では山林を切り離して農業だけの面で構造改善をはかることは困難でありますし、また、林業も漸次集約化の方向に向かうべきものと思われますので、農業と林業とをあわせて考えた方がいい場合が多いと思われます。それゆえ、たとえば農業、林業を合わせた
自立経営を育成するとか、農業を営む法人に対し林業の兼営を認める等を考えております。
次に、第五章について申し上げます。以上申し述べました各般の施策を積極的に推進し、その十分なる効果を期しますためには、これを担当する主体について必要な整備をいたさなければなりません。そこで、国及び地方公共団体の
農業行政につきまして、その行政組織を新しい農政の方向に沿い得るように整備するとともに、行政の運営につきましても改善に努めることといたし、その趣旨を第二十三条に規定いたしたのであります。なお、同条において「国及び地方公共団体は相協力する」と規定しておりますのは、国と地方公共団体がそれぞれの任務に応じて必要な施策を講じ、両者一体となって目標を達成していくようにするという趣旨であります。
また、
農業行政機関の側における組織及び運営の改善をはかることと並行しまして、
農業団体の整備が必要でありますので、第二十四条でこれについて規定いたしております。第五条でも申しましたように、国または地方公共団体の施策は
農業団体の自主的な活動と相待って講ぜられるべく、第一条の目標達成のためには
農業団体の活動に期待すべきものがあるのであります。
最後に、第六章
農政審議会について申し上げます。
本法に基づいて各般の施策を講ずるにあたりましては、政府は責任を持って事に当たるべきことは申すまでもないのでありますが、そのうちには、政府だけの判断で進めるのではなく、学識経験者の意見を徴し、その調査審議の結果を取り入れて施策を講じていくことが必要なものでありますので、そのため
農政審議会を設けることといたしました。さきに申し述べました通り、第六条の農業の動向に関する
年次報告に含まれるべき農業の
生産性及び
農業従事者の
生活水準の動向についての政府の所見、第八条の重要な
農産物についての需要及び生産の
長期見通し、及び第十一条の重要な
農産物についての価格安定施策の実施の総合的な検討につきましては、
農政審議会の意見を聞かなければならないことといたしておりますが、そのほか、この法律の施行に関するその他の
重要事項につきましても、必要に応じ
農政審議会の調査審議を願うこととし、政府の施策にできるだけ広く学識経験者の意見を反映せしめることを期しております。また、
農政審議会は、これらの事項に関しまして自主的に
内閣総理大臣または関係各大臣に意見を述べることができるものとする規定を設けております。
このような
農政審議会の役割にかんがみまして、これを総理府に設置することといたし、委員は
内閣総理大臣が任命することといたしております。これと関連いたしまして、附則で総理府設置法の一部を改正することといたしております。
以上が
農業基本法案の概要でございますが、この法律の施行は、公布の日からといたしております。
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