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説明員(
森田宗一君) いわゆる
本木町
事件と言われ、世上いろいろ論議せられました
東京都
足立区
本木町一丁目七百八十番地の、いわゆる
バタヤ部落と言われる
環境のよくないところに起りました二人の娘が、いずれも年少の
少女でありますが、その
父親を殺した
事件でございます。この
事件につきましては、御
承知のように、
新聞、
雑誌その他あらゆる方面でいろいろな見地から検討せられましたし、国会におきましても、
衆議院の
社会労働委員会においてこの種の
事件に
関係のある
社会福祉あるいは
少年保護観察等の諸
機関の
専門家の御
意見も徴せられたわけで、詳細はすでにいろいろなものに記載され、
速記録等もあるわけでございますが、ここでは簡単にその焦点と申しますか、私
どもの
立場からの
問題点という点にだけしぼって申し上げてみたいと思います。
順序といたしまして、簡単に
非行の事実を申し上げたいと思います。すでにお
手元に
家庭裁判所において
審判の結果、
保護処分が行われたその
決定書の写しを差し上げてございますので、それを御参照願いたいと思いますが、その冒頭に
本件の事実として掲げられているのが、いろいろな
調査審理を尽した結果の正確な事実と、かように
考えていいと思います。それによりますと、以下
少年といいますのは、
少年法で
少女も含めて二十才
未満の者を
少年といっております。ので、
本人のことでございますが、
少年は、
昭和三十三年六月十五日午前十一時五十分ごろ、
東京都
足立区
本木町一丁目七百八十番地自宅において、実妹(当十三才十カ月)と共謀し、
実父斎藤正躬(四十四才)が泥酔して熟睡中を同人の
頸部に三尺帯を巻き、両名にてその両端を持ってこれを引き、急激に
被害者の
頸部を締めつけ、もって即時その場において
被害者を窒息死せしめたものである。かような事実であります。この
事件につきましては、すでに御
承知のように、直ちに自首という形になったわけでございまして、
警察官の特別な
捜査の上での、まあ犯人を見つけるという点での苦労はなかったと思いますが、非常に珍しいといいますか、まれな
事件であるという点で、その
捜査に当った
司法警察員においても、相当慎重にこの
事件の
捜査を始めた様子は、
家庭裁判所に
送致せられました一件
記録からもうかがわれるところでございます。この
少女の、
本件の
主謀者というような言葉が適当かどうかは存じませんが、姉の方は申しおくれましたが、
昭和十七年三月二十六日生まれということでございますから、十六才をわずかにこえたわけでありますが、これはやはり刑法上尊属殺に該当するわけでありますので、
司法警察員の
捜査に乗ったわけでありますが、妹の方は十四才
未満でありますので、これは
児童福祉法の
関係、あるいはその他の
保護の
措置にゆだねられたわけであります。姉の方が
本件の
少年犯罪事件としては
—本件の
少年と申しますのは姉の方だけになるわけでありますので、この姉の方につきましては、ただいま申しましたように、
警察においていろいろな
捜査、いわゆる
捜査という形で
犯罪事実の
確認その
証拠資料収集というようなことが行われて、
身柄は
刑事訴訟法の
規定によって拘置せられまして取調べが行われました。そうしてその
事件は法律の
規定に従いまして
警察官の一応の
捜査の後、
検察庁に
送致せられまして、
検察庁におきましても法の
規定に基いて、さらに詳細な
捜査を遂げ、
家庭裁判所に
少年法の
規定に基いて
送致をせられる、かような
順序になるわけであります。
家庭裁判所に
送致せられましてからこれを在宅のまま
調査審判をするかあるいは
身柄を
少年鑑別所にとどめて、かつ
心身の
鑑別等を
鑑別所に依頼するという形をとるか二つの道があるわけでございますが、
本件は
事件の
関係等諸般の
事情にかんがみまして、直ちに
観護措置をとって、練馬にあります
東京少年鑑別所に
身柄を移したわけであります。移したと申しますより、正確に申しますと、
観護措置によって収容されたわけであります。
観護措置の間は、これも御
承知のところでございますが、ただ
身柄をとどめ置くということだけでなくして、その間に
身柄の保全、おもに
行動の
観察をする、あるいは医学的、心理学的な
立場からの資質、
少年の
精神状態あるいは心理的な条件というようなものについて詳細な科学的な
鑑別をするのが趣旨でございます。それと並行いたしまして
家庭裁判所の
調査官が
社会環境、
家庭の状況、
本人の
成育歴等のいわば
社会的な面の
調査を担当しておるわけであります。並行して
調査鑑別が行われたわけでございます。その
鑑別の結果どういうことが
本人の、主として
心身の面について、
性格の面について明らかになったかということにつきましては、やや
専門の
事項でもございますし、お
手元にすでに差し上げてございます
決定書にその
要点が抜き書きして記載されておりますので、それに譲りたいと思います。
家庭裁判所の
調査官の
調査の結果は、
少年調査表を申しますある一定の詳細な
調査表にその
要点を記載し、必要な
事項は別に書面を作成して貼付して、これらを一括して
社会記録、
少年調査記録と呼んでおりますが、
社会記録というものにまとめて
裁判官の
手元に報告せられております。と同時にこの
事件につきましては慎重を期する
意味であったと思いますが、
鑑別における医学的、心理学的な
鑑別のほかに、
家庭裁判所の
科学調査室と申しますのがございます。そこの
調査を経ております。この
科学調査室は主として心理学的な
立場からの
科学調査をする
専門の機構でございます。またそれと同時に
家庭裁判所の
医務室におきまして、主として精神医学的な面から、あるいは精神分析的な手法によって、まあ鑑定と申しますか、
鑑別診断が行われたわけであります。従って
本件の
少年につきましては、
社会的な
調査のほかに科学的な
調査診断といたしましては、
鑑別所における所定の
鑑別のほか、
家庭裁判所における
科学調査室及び
医務室の
診断を経ているわけでございます。それらの
要点も
決定書の中に記載されておりますので詳しくは省略したいと思います。ただここまでの段階で気がつきます
問題点を
一つ申し上げますと、この三者の
鑑別はもちろんそれぞれ学問的なある理論と
立場に立っておるわけでございますから、一致しないということがそう不思議なことでもございませんが、しかし具体的な
少年の
事件を目の前にして、臨床的に
診断をし、
鑑別をした結果として見ますと、まあ
かなりの食い違いがそこにあるということが
一つ気がつく点でございます。それでいいのかどうかという批判もあると思いますが、それでいいのだと、おのずから角度といいますか、
診断の基礎になっている学問なりあるいはその方法なりが違うことによってそういう結果が出た、ということはどういうふうに
判断になりますか、いろいろな、人によって違うと思いますが、とにかく虚心に
決定書を見ますと、そこに
一つの問題があるということだけは言えるだろうと思います。これは私の、
私見でございますが、
印象でございますが、
鑑別所の
鑑別と、それから特に
科学調査室における
診断との間の違いは、まあ
専門的な点、私の
誤解があるかもしれませんが、
鑑別所の方によりますと、
爆発性というような
傾向が強い。そういうところにパーソナリティの変調があるというような点が出ておるのでありますが、
科学調査室の方の検査によりますと、むしろ
衝動性、
爆発性はなくて、
忍耐性、
努力性、つまり
自分を規制する力というものがむしろある。そのところにこの
本人の問題が要
保護性があるのではないかというような
判断をしておるのであります。で、
医務室の
診断はそのいずれとも言いがたいのでありますが、さらに詳しい
調査の結果を出しております。この点、私の個人的な
印象でございますけれ
ども、相当
本件の問題に深い
関係があるのではないかというふうに思っております。それはさておきまして、この
環境面につきましての詳細も、この
決定書に盛られております。詳細なことはここでは省きたいと思いますが、そこに現われております
問題点は、まず
家庭の
崩壊ということ。それからその
崩壊の
原因となった
アルコール中毒の問題であります。それと、この
家庭の置かれている長屋といいますか、広い
意味ではその
部落の
社会環境ということが大きな問題だろうと思います。それからもう
一つ、
家族関係の
意味の
環境で申しますと、兄が二人ございますが、いずれもが問題の
少年でありまして、すでに
少年院に
送致せられており、あるいは一人は退院して間もなくであるというような要
保護青少年であるということであります。この
一家が現在の
本木町に住むようになるまでの
経過、あるいは
家庭が、ただいま申しましたような
崩壊の
状態にまで立ち至った
経過につきましても、その
要約は
決定書の中にございますので、これを御参照願いたいと思います。で、
本件の
非行の
直前、つまり
本人の
本件非行への直接の
動機といいますか、あるいはその
行動の
直前の
事情につきましては、これは相当
事件に
関係の深い
事情だと思いますが、
決定書にもその
要約が出ておりますが、
母親がしばしばこの
父親には手を焼いて困り切っていた、その
実情を、
長女である
本件少年が非常に
同情もし、何とか
一家を立て直さなければならない。
一家のガンを除いていかなければいけないというような
気持にだんだん追いやられてきた
事情がございます。
で、この
少女は、
本件を犯す少し前に、
母親に、この
父親さえいなければ
一家は何とか救われるのだというようなことを言って、直接間接、暗に、というよりも
かなり強く、
母親に、
父親を
殺害することを慫慂しているような
事情がございます。しかし、
母親はそれを受け流しておったわけでありますが、
母親が
家出をするという
事情が起ったわけであります。その間のことも、詳しくここに出ておりますが、そのことが前からの
母親との話によりまして、
母親が家を出たときはお前がしろ、こういうふうにみずから言いきかしておる。あるいは、
母親が、そういう
意図であったというふうに、
長女はこれを受け取って、
母親の出たときを、
殺害の
時機だと、かように
判断して、直接
父親を殺すというような
決意を固めた、こういう
順序になっているようであります。そうして、妹にその
犯行の、
父親殺害の
決意を話して、そうして確かめております。
たまたま六月十四日の朝、と申しますと、
本件の
事件が六月十五日の午前でありますから一日前の朝であります。この
少年は、勤めておった雇われ先の雇い主に、ささいなことで叱責されて、非常にそれを憤慨しておったというような、心理的な差し迫った
事情もあったわけでありますが、そのようなときに、父のことをあれこれ
考えて、単独でも父を殺そうというような
決意をして、主家を飛び出しております。
そうして、そのかねてからの
計画を実行するために、父の好きなしょうちゅうを買って帰宅いたしましたところが、その晩、ただいま申しましたように、
母親が勤め先から帰ってこない。つまり、
母親は前に言っていた
通り、
家出をしたというふうに思って、それは
自分が殺すということだ、殺さなければならない
時機なんだ、こういうふうに思って、ただいま申しましたように、妹に
殺害の
決意を語った。そうして、妹もそれに同意して二人でその晩父を殺すということを
計画したわけであります。ところが多少のいきさつがありまして、その晩はその目的を遂げなかったという
状態で翌朝、
犯行の朝でありますが、
少年本人と弟妹それから父に連れられて母を探しに出かけて行ったわけであります。ところがあるところの母は
職安で働いておりますが、その
職安の仲間の家をたずねたところが、前の晩から母からかせぎ代だと預かっていた三百円の金と
職安手帳を渡されて、母には会えなかったわけであります。それで
少女としてはこれで母ははっきり
家出したのだということを明らかに受け取ったわけであります。ところがその帰り道に
父親は居酒屋に寄って、その母から預かった貴重な金で焼酎を飲み、さらには酔いつぶれてくだをまくという
状態になりました。そこで
本人たちはタクシーに父を乗せてようやく家に連れ帰ったというふうなことになりました。
そこでこの
少年本人は、もう事ここに至っては
父親を殺す以外にないというふうに
決意を十分固め、母の
家出ということもそこではっきり
確認したという
状態になって、そうして
本件犯行に及んだわけであります。で、それ以下これをどういうふうに、つまり
社会調査の結果、あるいは
家庭環境、その
崩壊された
家庭、父の行状、
アルコール中毒である父とその妻である
子供たちの
母親との
関係、あるいは
親子関係というものをどう
判断し、またそれと
本人の個性というものをどういうふうにからみ合せて
本件を
判断し、処遇をきめるべきかということにつきましては、その
決定書にその
要約が出ておるわけでございますので省略さしていただきますが、特に
本件を
刑事処分にしないで
保護処分にした
理由については、
裁判官は相当詳細な
見解を述べております。また、
本件の
少年を
少年院送致を相当とする
理由につきましても、
かなり詳しくその
見解を述べております。それらはやはり
決定書でごらんいただきたいと思うのでありますが、この
本件のただいま簡単に申し上げました
事件の
発生及びその
経過それから
調査官による
社会的な
調査、三つの
機関による
専門的な科学的な
診断等の結果浮び上って参ります問題は、すでに世上言われておるような問題あるいは先般
衆議院の
社会労働委員会で指摘せられたようなところにあると思いますが、若干といいますか、
一つだけつけ加えたいと思いますことは、私の個人的な所見でございますが、とかくある
立場から
事件を見る、そうして
同情するということが多かったのではないか、つまり、その
事件そのものに即してその
発生なり
問題点あるいはどうするかという点の論点が少しぼやけていたような感じがいたします。それはたとえば
本件のような
事件が起るのは親孝行の道徳が稀薄になったからであるとするならば、そういう
観点から何かないかというような
見方、もちろんそういう面もある
程度あると思います。
それからそれと相対照的な
立場は、これは
社会政策あるいは
社会福祉の谷間の問題である。もっと早く
社会福祉的な手をかければ十分救われた問題である。そういう点が
本件にはたくさん露呈されている。もっぱら
社会政策なり
社会福祉事業なりあるいは政治の問題である。こういうふうな
見方であります。相当理屈があると思います。いずれにも相当な
理由があり、どちらが重いか軽いかということは、また
見解の相違になると思いますが、
本件はそういう
社会的な要素、
家庭の問題ということが大きいとは思いますけれ
ども、しかし
本件の語っているところ、事の起ってきた
経過というものを虚心に見ますと、もっと複雑な問題がそこに語られている、浮き彫りになっているということであります。
その
一つで、とかく世上十分浮び上ってきていなかった
意見と思われますものは、やはり
本人の
性格に根ざした問題であります。この
犯行の
経過、ただいま申し上げました
程度の簡単なことでもわかりますように、
かなり特異な
動機といいますか、
決意をし、その
計画をし、実行をし、それを遂げております。しかも年少の
少女が相当用意周到なその
意図を実行しているというところは、同種の尊族殺あるいは親が
子供を殺したといったような事犯に比べて
かなり特異な点であろうと思います。それはやはり端的にそのケースが語っているところは、
本人の
性格に根ざしたものというふうに見ることができると思います。そのことは爆発的な
傾向もあったかどうか、それはともかくといたしまして、むしろ
自分を抑制し、ある
判断をし、
自分で
計画してやっていくという点では、年令から比較してみますと
かなり進んでいる。むしろその点に要
保護性というものがありはしないかという
判断にある
合理性があるのではないかというふうな
印象を受けるのであります。
しかし、もう一度突込んでみますと、そういう
本人の
冷情性といいますか、あることを
計画して、あわてずに、普通ならば周章ろうばいする、あるいはそういうことはどうしてもできないというような正常の線からこういうことを
計画し、実行し、冷静にやり抜くという
性格を作り上げたものは何かということになりますと、これはやはり
本人の
責任ではなく、
家庭なりあるいはその
家庭を
崩壊させ、またその背景にあるいろいろな
社会の問題ということに還元されるかもしれませんけれ
ども、具体的な事案をどう見てどう処理するかという点には、やはりそこはぼやかさずに、あるがままを見て、その上でどう
判断していくか、さらにはその
対策をどうするかということにならないと、ただ
本人に対する非常に気の毒な、確かに気の毒な
少女で、その点は
決定書も終始述べておりますが、それだけではぼやけるおそれがあるのじゃないかというふうな
印象を受けるわけであります。
まあこれが一応ここで私からお答えしておきまする
経過及び
決定書の
判断に至るまでの
要点でございますが、なお念のため
誤解のないように申し上げたいと思いますことは、
少年院送致にしたということは、また
見方によりますと、それはずいぶん酷ではないかという
意見もあったかと思うのでありますが、この点はやはりおそらく当該の
裁判官は、
本人の
性格の上にも、あるいは長い将来の上に
矯正教育にゆだねる必要のあるということを確信してこの処置に及んだものであろうと思います。私がただいま
私見として
印象を申し上げましたのは、若干その
裁判官の個人的な意向を私も伺っておりますので、
決定書に現われていない
気持を私が付度して申し上げた、かようにお聞き取りいただいても差しつかえないと思います。一応この
程度で終らせていただきます。