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1956-05-19 第24回国会 参議院 内閣委員会 第47号 公式Web版

  1. 会議録情報

    昭和三十一年五月十九日(土曜日)    午前十時三十一分開会   ―――――――――――――   委員の異動 五月十九日委員館哲二君及び佐藤清一 郎君辞任につき、その補欠として西郷 吉之助君及び青柳秀夫君を議長におい て指名した。   ―――――――――――――  出席者は左の通り。    委員長     青木 一男君    理事            野本 品吉君            宮田 重文君            島村 軍次君    委員            青柳 秀夫君            井上 清一君            木村篤太郎君            木島 虎藏君            西郷吉之助君            江田 三郎君            松浦 清一君            吉田 法晴君            廣瀬 久忠君   政府委員    宮内庁次長   瓜生 順良君   事務局側    常任委員会専門    員       杉田正三郎君   ―――――――――――――   本日の会議に付した案件 ○宮内庁法の一部を改正する法律案  (内閣提出衆議院送付)   ―――――――――――――
  2. 青木一男

    委員長青木一男君) ただいまより内閣委員会を開きます。  宮内庁法の一部を改正する法律案を議題として質疑に入ります。  その前に衆議院修正にかかる分について政府から便宜説明を求めます。
  3. 瓜生順良

    政府委員瓜生順良君) 衆議院の方で、この宮内庁法の一部改正法律案についての修正がありましたのですが、それは京都事務所につきまして、原案は、京都事務所は、宮内庁付属機関として設けることにしてありましたのですが、この京都事務所は、宮内庁所掌事務一部分を分掌しておる、ここに書いてあります原案でありますと、「京都事務所は、京都御所京都大宮御所仙洞御所桂離宮及び修学院離宮並びに皇室用財産のうち長官の定めるものを管理する機関とする」、二項にこうありましたが、そのあとの方に、第四項に、原案は、「長官は、必要があると認めるときは、宮内庁所掌事務の一部を京都事務所に分掌させることができる」というふうに書いてありまして、この第三項にありますこのものを管理します以外に、この関西の方にあります陵墓の工事に関する事務、その他京都方向における宮内庁としてやる仕事のうちの一部分京都事務所に分掌を現在させておるのですが、今後も分掌させるということになりますと、そうすれば単なる付属機関としてきめておくよりは、やはり支分部局というふうにする方がいいのではないかというような御意見がございまして、それで衆議院の方のこういう修正がきまったのであります。宮内庁といたしましても、それに対しては何ら異議がないのでございます。  以上でございます。
  4. 青木一男

    委員長青木一男君) 質疑のおありの方は発言を願います。
  5. 吉田法晴

    吉田法晴君 こまかいことですが、今度の改正が、施行規則にありましたものを、宮内丘法に明記をするという点が多いようでありますが、その施行規則にまかせられて宮内庁法に入っていなかった、規定されていなかったという、最初の何と申しますか、精神と申しますか、意味というのか、それはどの辺にあったのか、立法当時のことでございますが、お尋ねをしたいと思います。
  6. 瓜生順良

    政府委員瓜生順良君) この宮内庁法最初にきめましたころは、これは昭和二十二年でございまして、そのころのこうした役所の組織をきめるきめ方として、ごく大綱をきめて、その他のこまかいことは施行令できめるというようなふうにやっておったのでありますが、その後、行政組織法が、これは昭和何年でありましたか、その年限はちょっと後から申しますが、その後行政組織法が出まして、その後の各官庁組織のきめ方が、従来よりはその組織法の基準に基いてこまかくきめるようになっておるのであります。で、宮内庁法行政組織法精神に基きまして、従来政令できめておったことはやはり法律できめる方がほんとうであろうということで、今度機構の一部を改正をいたしまする機会に、その行政組織法精神に沿うようこまかくきめまして、各部局責任者所掌事務というものを明確にいたしまして、責任をはっきりしたいというふうな趣旨でこまかく書くようになった次第であります。
  7. 吉田法晴

    吉田法晴君 その当時宮内庁法なり何なりというものについて、何と申しますか、審議をいたしませんでしたけれども、この宮内庁法を拝見をいたしましても、これは昭和二十二年四月十七日の公布のようでありますが、「帝国議会の協賛を経た宮内府法を裁可し、ここにこれを公布せしめる。」と書いてございます。その後の改正については、これは国会審議を経ておるかと思いますが、多少何と申しますか、今の日本国憲法もとにおいて宮内庁組織あるいは宮内庁法規定せられるところが、今の法体系の中に完全に入っているかどうかという点に若干の疑問を持つのでありますが、そこで根本的な点についてお尋ねをいたしますが、前にありました明治憲法もとにおいて考えられたごとき、この何と申しますか、国の組織、それから宮中組織、昔の言葉で言うと何と申しますか、宮中府中と申しましたか、国の行政組織とそれから宮内庁組織とが原則を異にするということは、これはなくなっておるものだと考えるのでありますが、宮内庁においてはどのように考えておられますのか、お伺いをいたしたいと思います。
  8. 瓜生順良

    政府委員瓜生順良君) 前の憲法のころの皇室に関すること、並びにそのお世話をする宮内省に関することについては、宮中府中の別というようなことを言われておりまして、皇室自立ということで、他の国会議決を経ていろいろ取り運びまする一般の政治の面とは別な扱いになっておりましたのですが、新しい憲法もとにおきましては、宮内庁は総理府の外局でありまして、他の官庁と何ら本質において変らないようになっております。従って改正等につきましては、他の官庁と同様に、国会議決を経て行われていくという建前になっております。その点は以前とは大きく変っております。その点は十分われわれも認識をいたしまして、仕事を進めておる次第でございます。
  9. 吉田法晴

    吉田法晴君 宮内庁法を詳細に検討する十分にいとまがないわけでありますが、建前は今おっしゃいましたように、宮中府中が分れるということではないと思うし、皇室財産はすべてこれは国の財産だ。それから皇室の何と申しますか、経費国会審議される。そうした国の行政組織というものの外でなくなれば、当然憲法なり、あるいは先ほど行政組織法という点がございましたが、行政組織、その他についての民主的な原則が貫かれなければならぬと思うのでありますが、実体は必ずしも完全にそうではないのじゃなかろうか。これは法に直接関係がございませんけれども、数年前の話でありますが皇室経費の点について、参議院内閣委員会審議をいたします際に、皇室経済について疑問を委員会が持ちまして、宮中に入りましたことがございます。その際に私は強く印象を受けたのでありますが、当時の宮内庁長官は、四、五年前でありますが、はっきり覚えておりませんが、昔はこうであった、昔はああいう建物があった、またこういう建物がある、それから何と申しますか、数坪の田植えをされるところがあります。昔からこういうことをやっておるからということで、こうしなければならん、あるいはもと通り建物を復活したい、こういうお話を聞きました。率直に申して、たとえば農民の苦労をしのばれるというのであるならば、堀から水を揚げ、あるいは井戸から水を揚げて田植のまねをされるということが何の意味があるかということを実は疑問を持ったわけであります。従来からやってきておったやり方に何の批判も加えられない宮内庁長官、あるいは宮内庁空気、それから批判というか、反省がない。従って従来から、昔はこういう建物があったからこういう建物を作りたい、復活したい、こういう気分が出てくるのだと思うのであります。従ってそのとき私は、これは明治維新の後に、あるいは西郷あるいはその他の諸君が大英断と申しますか、大きな決意をもって宮中改革に当ったということを聞いておりますが、新しい憲法もとにおいて人間天皇にするについては、よほどの人、それからよほどの決意とがなければならぬということを感じたのであります。瓜生次長は、新しい憲法もとにおいては宮中府中とはなくなっておるはずだ、こういうお話でありますけれども、数年前のお話ですが、私はそこで感じましたもの一、二をあげたわけであります。  その後の空気を見ておりましても、必ずしも完全な新しい宮中空気あるいは宮中組織ができていないのではなかろうかと、こう感ずるわけであります。宮内庁法において問題になっております侍従長その他を法に規定しないで、施行規則に譲りました理由は、新しい憲法もとにおいて新しい宮内庁法を作らねばならぬという意味でそうした規定がなされておったのではないかと――これはまあ今の若干の想像ですが、少くとも新しい宮内庁組織と申しますか、あるいは全体的な組織、あるいは空気というものを変えるために作られておったのではなかろうか、それがまあ法に規定をするということではあるけれども、しかしまた完全にもと組織に返すということになるんではないか、こういう疑問を持つのでありますが、瓜生次長どのようにお考えになりますか、所見を承わりたい。
  10. 瓜生順良

    政府委員瓜生順良君) 宮内庁組織もと宮内庁時代のような組織に返すというつもりでこの改正考えておったというような趣旨じゃなかったかというのでありますが、われわれの方ではそういうふうには考えておりません。以前の組織でありますと、これはまことに膨大な今から見ますと組織であります、現在と比較いたしました場合に。現在は部局というのは五つでありますが、以前の組織でありますとそれが二十ばかりもあります。課の数も現在は、この間の課を減らしたことで八つになっておりますが、以前でありますと、これが百を越すくらいの大きなものであったのであります。なおこの組織で、宮内大臣と並んで内大臣府がまた別にありまして、そういうような組織であったのでありますが、新しい憲法もとにおいてそうした組織を改めまして、現在の組織になっておるわけでありまして、今度の改正におきましても、その点を根本的に変えようというようなことではなくて、現在のその組織の中において不合理な点があるから、そこを改めて、この人員をふやさない、予算もふやさないが、その同じ人員、同じ予算でより能率を上げるようにやろうということが、この改正趣旨根本であります。そこで最初の方の、物品を管理する用度の方の関係長官官房に入れて、金銭会計を扱うこの点と同じところで扱って、それを総合して管理していく、その方が能率が上ろう。それから以前大膳寮があって、この料理をする方、それからそれを差し出す方の供進をする方というのを一ところでやっておった、それをただ以前に返そうという趣旨で、単にそれだけのつもりで、この調理及び供進を一つのところの管理にまとめようということではなくて、現在両方に分れておるために能率上やはり支障がある。やはりこれは一つにした方が能率が上る、そのために人をふやす必要も、経費をふやす必要もないのですが、単にその分れておるのを一つところへまとめることによって能率を上げるようにしようというふうな趣旨であります。なお、いろいろ各部局責任者のことを法律で明示いたしておりますが、これは、現在やっておることをここではっきり書いて、それによって責任の所在を明確にする、そのことによって責任をはっきりすることが、また執務をしっかりやっていくことになり、そういうようなことで、前に返そうという意味ではなく、現在あるその姿を、より能率を上げ、より成績の上るように、お役に立つように、組織にこれをはっきりした方がよかろうということが、この法改正考えました根本気持でございます。
  11. 吉田法晴

    吉田法晴君 多少根本意見の食い違いがありますから、あれだと思うのですが、なるほど、全般の調理及び供進の事務云々と、そういう点は、現状組織的に統合をして能率化をはかりたい、こういう御説明ですが、まあその辺はわからぬでもありません。ただ、その呼称については、やっぱり古色蒼然たるものもございますが、あとの方の侍従長あるいは東宮大夫ですか、現在ある職名を施行規則から本法に直す、それはあるものを直すのだから云々、昔のような、明治憲法時代のような膨大な組織にしようというつもりはない、それはわかります。ところが、私が申し上げておるものは、新しい宮内庁法ができて、あるいは侍従長その他施行規則に譲られたのは、宮内庁法のもっと根本的な検討、あるいは新しい憲法もとにおける新しい革袋を作ろうと、こういうつもりがあったのではなかろうか。しかるに今、現状の法的な確認ということではあるけれども、新しい革袋を作ろうというのじゃなくって、規模は小さいかもしらぬけれども、また今のまま、その形を陳腐化し、固定をしていこう、しかもその周辺には逆コースが相当いろいろな意味である。そこで問題は、宮内庁法全体について、新しい憲法もとに全体としてもっと検討をし、新しい宮内庁を作ることが問題であって、不徹底なと申しますか、小さくはなったかもしれませんけれども、あるいは新しくはなったかもしらぬけれども、根本的には新しくなっておらぬ。この宮内庁組織を固定化し、そして現在の逆コースの中に置く、こういうことではないではないか。私どもが今やらんならぬものは……、あるいは瓜生さんにしても、宮内庁にとっては新人であり、それから時代の人とすれば、民主主義時代に育った新しい人だと私は思うのでありますが、瓜生次長等が、これから宮内庁民主化、そして天皇人間天皇にして参ると、こういう点からいうならば、これはこういうことではなくって、もっと宮内庁全体の再検討、そして何と申しますか、新しくすることが任務ではなかろうか、こういうことをお尋ねをしておるのであります。それに若干のまあ私の気づきました点を先にあげたわけであります。あらためて御所見を承わりたい。
  12. 瓜生順良

    政府委員瓜生順良君) 新らしい憲法もとにおける天皇の御活動、これはいかにあるべきかということについては、われわれもすでに考えておりますので、これはこの民主主義精神に沿うて、この国の象徴国民統合象徴という憲法第一条のあの精神をいかに生かしておいでになりますかということを考えながら、まあ仕事をやっておるわけでございまして、この宮内庁組織につきましても、そうした点で常に考えておる次第でございますが、それではこの宮内庁法のどこをどういうふうに変えるかという問題でございまするが、現在の組織のそれぞれの部局、これは現状民主主義下象徴としての天皇のお仕事をなさいますそのお世話をする、それぞれの仕事を分担してやっておりまして、どこを廃止するとか、どこをまた特にふやすとかというような問題については、いろいろ考えておりますが、特に根本的にそうしたことをやらなくちゃいかないという点は、今のところないように考えます。事務的に合理化しなければならない点を改めるということをまず考えたわけであります。あるいは御質問の御趣旨の中には、部局の数をどうするとかということではなくて、あるいは名称問題をお考えになっているのではないかとも思うのであります。これは衆議院内閣委員会でもお話がございました。古い昔の名称をそのまま使っているようだけれども、それを改めた方がいいのじゃないかという御趣旨の御質問がございました。そういうような点につきましては、宮内庁としても、私は宮内庁お世話になりましてから二年半でございますけれども、入りました当時も、いろいろな相談会なんかやりまして、検討もしたこともございます。で、この名称の一部については変えているものもございますが、侍従とか侍従長、あるいは東宮大夫大夫なんというのは古い言葉じゃないかという、そういうことも検討もしたこともございますのですが、それではそれにかわるいい名称というものをいろいろ考えますと、なかなか名案がなくて、特に天皇並びに皇室は、国民総意に基いて、国家象徴であられるのであって、国民総意というものとかけ離れたことになってもいけない。そこでこの国民総意と合うようなことを、どうあるべきかと考えてみますると、なかなかちょっといい名称も浮びませんので、で、この昔から使いなれていて、普通名詞になっているものは、それでわかっているその用語をそのままに一応しておこう。さらにいい名案が出れば、その際にまた考えてもいいのだということで、こういうふうになったわけでございまして、今御質問のその精神の点は、われわれも気持の上に体して、すでに研究しながら仕事を進めているつもりでございます。
  13. 吉田法晴

    吉田法晴君 まあ明敏な瓜生さんですから、私の一斑の意図をおとりになりましたが、名称もそうです。名称もそうですが、それはまああとのことにして、宮中しきたりといいますか、やっておられること全体についてこれは再検討するつもりはないか、こういうことを申し上げたのであります。先ほどまあ田植えの話をしました。これはまあ何百年やっておられるのか存じませんが、何十年、何百年とやっておるからそこでまあやらんならぬと、こういうことだろうと思うのです。食糧の足りない折でしたら何ですが、まあ食糧増産のことについてもまた別に意味はない。それから農民の労苦をしのばれるということもそれほど意味はなかろうと思う。これはおそらくほとんどすべてについて僕はあるのじゃないかと思うのです。それから何といいますか、天皇皇太子については、まあその他の方はそうでもないかもしれませんが、依然としてひざもくずさないというか、人間的でない教育が皇太子等についてなされておる。思い起すのですが、福岡から出ました者で宮中に働いておりました者がおりましたが、母の不幸の際に帰ってきたのでありますが、火ばちのそばにすわって朝から晩まで身じろぎもしない。そういうものがまあ瓜生さんにも多少つきおるのじゃないかと思うのですが、この古色蒼然たる何百年かのしきたりというものが、全然自己批判あるいは再検討されないで、やはり今日引き継がれておるのではなかろうか。だからこれは全部について検討すべきだと思う。新しい憲法もとにおいては。少くとも瓜生さんには私は、これはまあ長官じゃないから困難かもしれませんが、しかし次長の地位として推進することができると私は思う。名称のごときもその一つでありますが、これは宮内庁法の中に書いておる字を見ておっても、当用漢字にない字がたくさん出て参ります。書陵部なんというのも、まあ法律を見ると「陵墓を管理すること。」という字があるから、それは陵という宇は仕方がないかもしれません。しかし御璽国璽なんというのは、これは今の中学生に見せたってわからぬ。従ってしきたりと申しますか、生活様式等についても古色蒼然、何千年続いておるからやるというそういう事態が多い。従ってそれら全体について再検討する用意がないか、あるいは再検討すべきではないか、こういうことをお尋ねをしたわけです。重ねて文字の点についてもですが、そのやっておられますことと申しますか、生活様式その他について瓜生次長に御見解を聞かしてもらいたい。
  14. 瓜生順良

    政府委員瓜生順良君) この皇室でおやりになっておりますいろいろの行事につきましては、これは従来と全然同じというわけではございませんで、この一部分については、この新しい時代に沿うように改めつつおやりになっておるわけでありますが、しかし今例におあげになりましたお田植え、これはいわゆる皇室国家事務ではありませんで、天皇の私事という中に入って、私の行事という中に入っておるわけでございますので、天皇みずから食糧増産関心をお持ちになって古くからおやりになっております。その行事食糧増産に直接それでお役に立つというものではありませんかもしれません。しかしながら、陛下のお気持として、この食糧増産についての、国民生活においては食糧は非常に大切な問題である、特に昔は農業が産業の主たる部分でありましたから、単に食糧というよりも、産業という面に大きく関心を持たれるということでそうした行事をあそばしておられたと思うのでありますが、それを引き続きまたおやりになりたいお気持をお持ちになっておる、そのこと自体がまた私は無視すべきではないと思うのであります。それによって産業に強く関心を持たれる。で、国民活動の重要な部分がやはり産業活動である。その国民総意に基いて、その象徴とされて、そうした部分に強い関心を持って以前からやっておったことであるが、大いに意義のあることであるということは、やはり今後引き続いておやりになるということは反対すべきではないと、こう思っておるのであります。しかしそのおやりになります際の取り運び力については、以前のような何か服装を特に、むずかしい服装をしておやりになるというのではなくて普通の服装で、侍従あたりも普通のせびろ服を着て長ぐつをはいてというような、以前から見ますと、この様式はそうむずかしい様式ではないのでありまするから、そういうようなふうに改まっておる点はございますが、その精神はやはり伝統として生かされることが意義があるというふうに私は考えておる次第であります。いろいろな行事につきまして、このやり方については変っておる点ございます。たとえば、まあ先般立太子礼が行われ、また成年式が行われました。昨年は義宮様の成年式がありましたが、そうした式のやり方等につきましては、以前のやり方から見ますとずっと簡素化されておりまして、またそういう際の参列者も以前とは一般の……特にまあ昨年の義宮様の成年式は国事ではなかったので、宮廷の行事でありましたから、多数の方の参列はありませんでしたが、しかしこの御親戚に当られる皇族方は従前の慣例から比較して多数の方が参列になっております。そしてそこにこの親類の人が、成年になったのを喜びだと、その喜びをともにするという意味親戚の方に当る皇族の方は以前からみると多数参列になられた。それからそのときの空気もそんなにかた苦しくないというような人間味を出しておられたわけです。これも一つの例として申し上げたわけですが、そういうように折に触れこの新しい時代に沿うようにやり方は変えられておるのでございます。ただこのわれわれが昔から行われておりまする行事についていろいろ考える場合に、皇室はやはり長い伝統を持っておられる。で、国民総意に基いて天皇象徴であられるのも、この長い伝統、長い歴史をお持ちになっておる、そこにやはり大きな意義があるのでございましょうと私は思います。従ってこの伝統を全然考えないで、新規にただここで新たに作り出していくというようなふうにやってはやはり間違うことだと思うのでございまして、伝統を尊重しながら、なお新しい時代に沿うように、これを少しずつ改めていくというようなことで考えておる次第でございます。
  15. 吉田法晴

    吉田法晴君 まあ初めの方は民主主義に従って再検討されているということでしたが。しまいの方には伝統が大事だということで、まあ語るに落ちたわけですが、これは最初に申し上げましたように、民主憲法もとにおいて人間天皇にするということは、これは容易な仕事ではないと思うのであります。それは宮中におられます。宮中府中の別をなくして、民主的な国家体制の中に宮中を組むということは、これは容易なことではないと思います。瓜生さんの何と申しますか、伝統に流されない、しばられない、一つの端的な批判と、それから改革とを願いたいと思うのであります。これはごらんになったかと思いますが、中央公論の六月号に「天皇戦争責任」という文章が出ております。その中にこういうことが書いてございます。「天皇は小説を読まないそうである。「読んでもお解りにならないだろう」と、その娘の東久邇夫人は、ある座談会で語っていた。天皇に感じられる人間の欠如とは、つまりはそういうことかもしれない。私の兄は供奉将校として、また宮城の守衛隊将校として頻繁に天皇に接する機会を持ったのだが、彼も天皇の印象を「木偶のような感じ」と率直に語っている。外国使臣の接見の時でも、相手の手を握る瞬間はニコニコと表情が崩れるが、握手し終った途端に彼の表情は、能面の無表情のなかに吸いこまれてしまう。外国使臣の接見の際にはこれこれこうせよ、と誰かに指図されて、それを忠実に果している感じが、つねにつきまとうのである。人間の感情の交流などは、少くともその所作からは感ぜられない。」こういう文章がございます。そこで、まあこれは周囲の私はやはり責任があると思うから読み上げたのであります。  先ほどかつての宮内省に勤めておられた人たちが、すわったら何十時間たとうと微動もしないという実際のお話をいたしましたが、なお、そういう空気天皇なり、あるいは皇室周辺にあるのではなかろうか。それはなるほど伝統かもしれません。伝統かもしれませんけれども、民主主義の点からいいますならば、それはよき伝統ではないだろうと思うのです。重ねてそれらの点について再検討する用意はないかどうか、お伺いしたいと思う。
  16. 瓜生順良

    政府委員瓜生順良君) 中央公論に載っておりますその論文は、私も最近それを見ましたが、今お読み上げになった中の、陛下は小説はもうお読みにならないというのは、これは小説、文学はそれほど好きでなくて、生物学が非常に好きなんで、そうお読みにならないらしいのですが、全然お読みにならないようでもないように思います。特にお好きではないのですが、そのために一般の人情とかそういうものがおわかりにならぬのではないかというような推察がその論文に書いてございますが、その点はそうした御心配は要らないのじゃないかと思います。特に最近、数年前のことはよく私は詳しくは知らぬのですが、新聞とか雑誌も相当ごらんになっております。で、ラジオ、テレビ――テレビについてはもうおひまなときは常にごらんになっておりまするから、そういうような点でいろいろ世の中の御活動も御存じでありまするし、それから御兄弟に当られる高松宮さん、三笠宮さんがおいでになってお話しになっておりまするし、お子さん、御親戚、そういう方もいろいろおいでになってお話しになっておりますが、そうした方から非常な世の中のこまかい点、また以前でしたらあまり御存じなかったようなことも、いろいろそうした方から聞いて御存じになっております。なおわれわれが接する場合にも、今そこにありますように姿勢をどうもくずさないというかた苦しいものではなく、敬意は表しておりまするが、にこにことお互いに雑談をするのでありまして、そうかた苦しいとは思いませんです。私も二年半前に入ったので、その前はそうした社会に全然いたことはないので、どういうものだろう、そんな窮屈なところは勤まるだろうかと思って入りましたが、そうした窮屈な面もそう強くは感じません、で侍従とか女官がずっとすわって能面のようにじっとしておる。これはまあ儀式なんかのときにはそういうふうにいたしております。これは儀式なんかは、そうしたときはその式の空気を作るためにみなそうした方が式の空気が出るのでそうしておりますが、平生うちにくつろいでいる場合はそうかた苦しいものではないのであります。こう言っては何ですけれども、女官あたりはきゃっきゃと言って声を出して笑って話をしておる場合もありまするし、一般考えられておるほど今の宮中空気がかたい、冷たいものであるということではなくて、普通の人間の家庭とあまり変らないというふうにお考えになって間違いはないと思います。なおその雑誌に、外国使臣にお会いになる際に最初の握手の際にはにこっとされるが、あとはすましておられるということですが、これはまあ私は国賓が見えます際には出ておりますけれども、握手の際には特ににっこりなさいますが、それから後も微笑を含んでお話しになっております。握手の際は特に非常に、われわれから見るとずいぶんあいそうよく笑顔をなされます。それからあとも微笑を含んでお話しになっておるので、そうかた苦しい感じはしてないように思うのであります。あるいはときによるとお疲れの日、きょうは比較的むずかしい顔をしておられるなあということを感ずることはございます。これは相当お疲れになっておるときで、われわれも相当疲れておるときはむずかしい顔になるので、お疲れのときはそういうようなこともございますが、それが常にそうだというふうにその雑誌からおとりになりますと、間違いじゃないかと思うのでございます。  で、なお宮中の中のいろいろ用語なんかにつきましても、これはわれわれが入りましてから、いろいろ検討のときも、いわゆる宮中言葉というようなものが昔からあるというので、むずかしい、普通には通じないような言葉だというように聞いていたんですが、それは今の陛下の生活にはほとんどありません。一部残っておりまするが、古い女官なんかでそういうのがありますけれども、それはおなくなりになった貞明皇后さんのときは相当むずかしいのがありましたが、今の両陛下の場合にはそうむずかしい言葉を使っておられませんで、われわれもそれですから普通の言葉でどなたとも話して何も不自然でないというのが現状でございます。古い言葉が混乱して伝わって誤解を生んでいるのではないかというふうにも感ずる次第でございます。
  17. 吉田法晴

    吉田法晴君 それは新しい憲法になり、あるいは新しい人間天皇になられてから幾らか変ったということは、これは私どもも認めます。たとえば数年前ですけれども、宮城の中へ入りましたときに、それは馬上ですが、馬上で来られる義宮さんの人間らしい顔と、それからまあこれは儀式のときかもしれませんけれども、立太子礼のときの皇太子の表情、そういうものの中にはやはり違いを感じます。ですからそれはやはり周辺の人たちの態度あるいは空気というものも、これは反映するのだろうと思うのです。その皇太子の表情に現われますかたいもの、これはまあ天皇の表情について書いておりますが、皇太子はまあ今の宮内庁でいろいろ世話をしておられる、あるいはいろんな人で教育に従事しておられる、そこでそういう人柄ができてくるのだと思うのですけれども、そこにまあ問題があるように感じましたから申し上げたので、たとえば人間天皇になられたということで、おそらく東京の町の中にも出てこられる。イギリスの皇室のように出てこられるような印象を持っておったのですが、多少そういう空気が一ころあったようですが、最近では外に出られるときにだんだん警護がふえてきた。これは吉田さんは自分の警護をふやされたんだから、同じようにふやされたのかしれませんけれども、東京の町を自動車で通られるにしても非常な警戒で、むしろ何といいますか、市民なら市民に接するというよりも、警戒をして出てこられる、こういう姿を、これは天皇あるいは皇太子がおやりになるのでなくて、宮内庁でおやりになるのだろうと思います。少くとも傾向としてはそういう傾向にあるんじゃなかろうか、こう思うのですが、その辺はどうでしょうか。むしろ逆だと言われるのでしょうか、私どもはまあそういう印象を受けておりますが。
  18. 瓜生順良

    政府委員瓜生順良君) 両陛下とか皇太子殿下が市中にお出になる機会の警衛のことでございまするが、これは現在の組織では、警察庁の方の所管になっておりまして、まあ宮内庁としては警衛については希望は述べられるのですが、それに対して指揮権はないのでございます。皇宮警察、ほんとうの身辺を警衛しておる皇宮警察についても、従来は宮内庁長官として法律的に何ら発言権がなかったのですが、それでは不自然だというので、今度の宮内庁の一部改正案の中に、「皇宮警察の事務につき、警察庁長官に対して所要の措置を求めることができる。」というのが入ったけれども、これは単に、特に身辺の方をお守りする、または皇居のようなものを守っている皇宮警察に対してのことでありまして、一般警察に対しては官庁同士お互いに協力するという立場でありまして、そういう点では宮内庁が警衛を厳重にさしているという点はないのでございます。  なお警察庁との話し合いの模様を参考に申し上げますと、お出かけの場合の警衛については、できるだけ最小限度にしてもらいたいということは常に申し上げておるのであります。昨年の春も特に警察庁長官、それから警視総監にもそうしたことを私も直接会いまして話をしました。昨年の春から警視庁としてはこの警衛のために立つところの警察官の数を制服としては半減しておるのでございます。その前から見ると最近は警察富の数は減っておるのでございまするが、ただこれも最小限度は必要なので、やはり両陛下がお出になるとなりますと、やはり多数の市民の方がときによりますと立ちとまっておられます。そういう場合にやはりその方が雑踏をしてけがをされるというようなことがあってはいけないということで、やはり整理も必要があるのです。交通事故の関係を防ぐというような整理も必要でありましょうし、最小限度はこれはやむを得ないと思うのですけれども、最小限度はどういうことであるかということについては、これは警察庁当局の方の御責任でおやりになるので、われわれの方はそれ以上突っ込むことは、これは所管が違いますのでできない。気持の上においてはそういうことを常に申しておるということでございます。
  19. 吉田法晴

    吉田法晴君 そうすると今のお話でも、それは警察がやることだけれども、全然ないわけにもいかぬ、もしあまり近寄って、周囲混乱する、押し合いへし合いするというようなことになると……こういう御気持のようです。しかしそこのところはどういうおつもりなのですか、宮内庁としては。国民を親しませるというつもりなのか、それとも敬して何ですか、近づけずというのか、壁を作ろうというのか、少くとも人間天皇ということならば、イギリスの皇室のように、雑踏の中にも警備なしに入られるようなことがあるだろうと思っておったのです。だんだんそれが遠ざける、あるいはその中に警察の壁を入れる、こういうことになってきておるのだと思うのです。それは一ころに比べて半減されたかもしれませんけれども、半減しなかった前もあるわけです。これは同じ憲法もとにおいて、その辺にやはり前のそれは歯簿とか何とかいうものに比べると減って、簡単になったかもしれませんけれども、しかし同じ人間として雑踏の中に入られるというようなことはやはりまあない。そうするとそこに警官なら警官の壁を作ろうというのか。関係については、宮内庁考え、私どもの考えたような国民天皇との関係ではないと思うのです。その点どうでしょうか。
  20. 瓜生順良

    政府委員瓜生順良君) 最小限度の警衛ということが、その要するに一般国民と陛下の親しさを阻害するようなことも考えて、何かそこに垣を作るようなことの範囲において最小限度考えておるというようにおとりになったとすれば、その点は私の言い方が不十分であったと思うのです。まあ陛下が地方においでになる、あるいは市中においでになるというのは、ある行事のために、特にその行事の盛大に、あるいはりっぱに行われるようにという意味でおいでになるほかに、その機会にその地方の、またその方面の一般国民にも親しまれる。できるだけ皆とも接せられるという趣旨があるのでございまして、従ってこの垣をしいて作るということを求めておるわけでは決してないのであります。ただ先ほど申しましたのは、どこかおいでになりますと多数の方がざあっと押しかけてこられる。これは陛下が危ないということだけでなくて、押しかけてこられる、そのために整理が悪いとうしろの人が押し、前の人が倒れる、そこでけが人が出る。極端のことでは先般の二重橋事件のようなこともございましたし、やはりこの整理がありませんと人命をそこなうようなことが出ますと、そういうような趣旨から最小限度にはするということを申しておるので、隔てようというような気持は毛頭ないのであります。それから銀座あたりの雑踏の中を気軽に散歩されたらいいじゃないかということを言われる方もございます。それも可能ならそういうことも考えてもいいのですが、現在の状態ですと、おいでになりますと、非常にまあ物見高くたくさんの方が集まってこられる。そのために非常に混雑する。たとえばまあ清宮様あたりがデパートに気軽に行っておるのですが、清宮様がデパートで見ておられるというと、ざあっと集まってきて、普通の買物はなさりにくくなって、そこらあたりが非常に雑踏しておる、清宮様でもその程度でありまして、これは英国あたりではクィーンが散歩されても、ああクィーンが散歩されておると、ちょっと黙礼するが、人は集ってこないということを言っておりますが、日本の状況はそうではありませんので、社会の実情と睨み合わして考えて行かなければならぬのでございますので、だんだんもっと気軽にお出になれるようになった力がいいと思いますけれども、現状と睨み合わして考えておる次第であります。
  21. 吉田法晴

    吉田法晴君 私は宮内庁法もだし、それから皇室典範等についても全面的な再検討がなされなければならぬと思うのですが、どうも何と言いますか、宮内庁は防戦気味のようですが。この間この委員会憲法調査会法に審議をした、その際にこの疑問を持ちましたのでお尋ねをいたしますが、皇太子には恋愛の自由があるかということを私は実は疑問を持ったんです。人間になられたのなら恋愛の自由があるはずでありますが、皇室典範その他ではこれは皇室会議云々という点がある。従って恋愛の自由がないのかもしらぬ。宮内庁次長はこの間衆議院で、多少衆議院質問に答えておられたようですが、その辺はどうでございますか。
  22. 瓜生順良

    政府委員瓜生順良君) 皇太子妃を決定する場合には今おっしゃいましたように、皇室会議の議を経てということもございます。普通の成年の方の場合のように両性の同意だけでよろしいというのではないので、その意味においてはいわゆる恋愛の自由はないのかも知れませんが、しかしながら皇太子殿下がお気に入らない人を無理に奨めるわけではないので、やはりその主体は皇太子殿下であって、この人がよさそうだということをまず考えられて、それから実は皇室会議の議にかける、皇室会議にかけてそれからこの方になさいというて押しつけるのではないので、ですから一般成年に比較しますと、ちょっとそういうような議を経なければいけないという点がございますけれども、しかし気に入らない人を無理に妃殿下にされるというようなものではない、やはり気に入られる方を妃殿下にすべきであるというように考える、まあそう急いでおる段階ではないのでございますが、世の中のさわいでおるほどには。しかしわれわれといたしましてはさような気持でこの準備的な調査はいたしておる次第でございます。
  23. 吉田法晴

    吉田法晴君 実際ということよりも、私はまあ建前を聞いておるわけでありますが、人間ならば、これはあるいは民主主義もとにおいては、恋愛の自由、結婚の自由があるわけです。離婚の自由もまああるわけですが、皇室典範によると、あるいは今の皇室建前から言うと、皇室会議の議を経ることが必要だ。そうすると、自分で選択をされて、そしてそれが皇室会議にかかるのか、あるいはそれは皇族には限らんかも知れません。しかし、皇族だとかあるいは何といいますか一定の範囲を限って、家柄だとか、まあ昔のような華族とか何とかというものはなくなりましたけれども、そういうものの中からこの候補を選んで――新聞を読むというと、そういうことが報ぜられておりますね。これはまあ事実上皇室会議なりあるいは宮内庁で選考されているかもしれませんけれども、一定の範囲を限ってその中から御選定にまかせる、こういうようにやるのか。もしあとのようなやり方だと、これは実際的に恋愛の自由というものはないと思う。そういう建前なのか、もう少しはっきり御説明を願いたい。
  24. 瓜生順良

    政府委員瓜生順良君) この建前を申しますと、まあわれわれといたしましては、皇太子殿下の御意向なども折に触れて承わっておるわけであります。それから御両親であられる両陛下の御意向も伺い、その上適当な女性がないかというようなことをまあ準備的に調査をするという段階でありまするが、その調査の範囲については、これはもとでありますると、もう規定的に皇族、それから華族でも特に指定をされた方でありまして、その範囲から選ばれるというふうになっておりましたが、現在ではそういう制限はございませんので、そうしたことにこだわる必要はないのであります。ただ、どういう家庭に育てられた方でもいいというふうにはやはり言えないのじゃないか。もと皇族であった、もと華族であったと、そういうようなことにこだわる必要はないですが、やはり国民総意に基く皇室ですから、皆さん考えられてもっともだと言われるような家庭にやはり育てられた方でないと、将来東宮妃としてまた皇后として立っていかれる場合に、国民の方から納得がいかないということであってはいけないので、そういうようなことで、やはり相当のしっかりした家庭に育てられた方というような方を考えなければいかないというようなふうにして、まあ調査はぽつぽつやっております。この調査が進んでいきますと、その途中においても御意向を聞きながらいくわけでございますが、ある時期にある数にしぼって参りまして、結局この方がよさそうだということを皇太子殿下も言われ、また陛下の方でもお考えになるというようなときに、そのお人について皇室会議の議を経るというようなことにまあなるのであります。これはまだそう切迫しておらないので、私が何かこういうようなことを言いますと、よく新聞雑誌の方が、そらきまるのじゃないかというので飛び回られるのでありますが、そうなるといけませんので、そう切迫しておるわけではないので、まあ建前はそういうような筋で運んでいくのであります。従って昔のように皇族、華族出でなくてはいかないという制限はありませんが、やはりしっかりした家庭でなければいけないだろうと思います。それからきめられる場合には、皇太子殿下の御意向を十分、これが一番中心ですから、この点を十分お聞きし、両陛下の御意向も承わった上で皇室会議にかける、その上で本ぎまりになるという段取りでいくと思います。まあこういうようなわけであります。
  25. 吉田法晴

    吉田法晴君 そうすると、いろいろ限定をされまして、それからまあ特定の、とにかく範囲はないけれどもしっかりした家庭という限定をなされた。で、憲法によると、憲法二十四条は「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し」云々と書いてあります。従って結婚をする二人の意思、その合意が中心でありますが、少々今お話しになりました点は違うというわけですね。どうですか。たとえば極端な例を申し上げますと、シンブソン夫人ではございませんが、かりに未亡人、その他まあ人の奥さんの場合もございましょうが、これは両性の合意のみに基いて成立し云々ということになりますと、そういう場合もないことはないわけですが、そういうことはあり得ると言われるのか、ないと言われるのか。ないと言われれば、やはりこの原則と、それから今お話の恋愛と結婚とについては自由がない、こういうことになりますが、その辺はどうですか。
  26. 瓜生順良

    政府委員瓜生順良君) 先ほど申しましたように、皇太子妃につきましては、両性の合意だけのほかに、皇室典範の方で「皇室会議の議を経る」ということがありまするから、そういう点は一般の方とは違うのでありまするが、これは憲法一般国民についてきめられたことの中で、天皇あるいは将来天皇になられる方については、ある程度のやはり制限があるのは、これはやむを得ないと思うです。で、職業の自由とか何とかいろいろありましょうけれども、そうした点にも結局、国民総意に基いて象徴として立っていかれるのにふさわしいようにという意味の、また別の考慮がありますものですから、そういう点を十分考えていかなくちゃいかぬと思います。そういうので、根本精神においては両性の合意、要するに皇太子殿下もその女性の方もよかろうということがなければもちろんこれはいかぬのであって、「のみ」ではないということが申し上げてあるのでありますが、根本はやはり両性の合意であります。
  27. 吉田法晴

    吉田法晴君 それじゃお尋ねいたしますが、憲法はこれは最高の法であることは私が申し上げるまでもございません。皇室典範にしても、宮内庁法にしても、これは憲法より上だというわけには参らぬだろう。それから九十九条にもその順守、尊重、擁護の義務が書いてあります。そうしますと、今の憲法、これはほかの条文もですけれども、二十四条にしても、皇族にも、あるいは皇太子にも、それから、相手の女性にも適用されるわけであります。最高の法規が適用されるわけです。今の御説明憲法皇室典範というものが矛盾をする、あるいは憲法原則皇室典範で修正をしている、あるいは修正をすることができるような御解釈であったかのようですが、それでは憲法皇室典範その他のとにかくあるべき関係が違うと思うのですが、これはどうでしょうか。
  28. 瓜生順良

    政府委員瓜生順良君) 今のは実際問題的に申し上げましたのですが、「両性の合意のみ」、それに対して非常なそこに法律的な制限を加えたというようなことであると、憲法に違反するのじゃないかというような解釈にもなるかと思うのですが、そこらあたりは皇室典範では、皇室会議の議を経てとあるので、そこでその「議を経る」というのは、それが決定権を待つわけではなくて、やはりそこに相談をしてということをきめられたので、根本的に矛盾をするものではないというふうに解釈をしておるわけです。しかしながらやはり憲法第一条のこの国民総意に基く象徴がいかにあられるべきかということの考えから、そこにある程度の配慮が行われることもやはり憲法精神に沿うものじゃないか、根本的にそれを制限するのじゃないが、配慮が加えられるということは、そう矛盾するものではないのじゃないか、こういうふうに考えておるわけです。
  29. 吉田法晴

    吉田法晴君 その点は憲法原則修正せられるような説明をされるから、憲法と矛盾するのじゃないか、こういうことになる。ですから憲法原則が、これは「両性の合意のみ」と書いてありますが、その合意が条件であって、あとはこれを限定をするとか、あるいはそれを承認するとか承認しないとかいうことがなければ、今のような議論は起って参らぬと思うのです。また事実上あなたのお答えを聞いておりますと、それは宮内庁でありますか、あるいは両陛下の意思という点もございましたが、初め候補をきめて、そうしてその中から云々とこういうことでなくて、本人同士の合意というものが第一の出発点になる、そうしてそれが中心になって、なお念のため「議を経る」云々ということに重点と中心とが置きかえられれば、これは問題はなくなってくると思うのです。これは一つの例ですけれども、どうもやはり、先ほど言われるように従来の伝統といいますか、やり方というものが、皇室典範の十条なら十条の解釈に当ってもてんめんをしておるように私は思うのです。従って皇室典範についても、あるいは宮内庁法全般についても、これは再検討せらるべきだ、こういうことを申し上げておるのです。  かわりまして宮内庁法最初侍従長東宮大夫その他について、やり方あるいは組織名称等について、重ねてですが、全般的に再検討する御用意はないかどうか、私はまああるべきだと思うのでありますが、承わりたいと思います。  それから特に先ほどあげて参りましたが、当用漢字にないような国璽だとか御璽だとかいったような点については、当然これは問題になっておると思うのでありますが、検討をせられる用意がないかどうか、重ねて承わりたい。
  30. 瓜生順良

    政府委員瓜生順良君) 宮内庁部局仕事やり方、そういうものについては常によりよくするように検討を続けていくという用意はいたしておりします。現在のものがもうこれが完全無欠と考えておるわけではありませんが、すでに検討を加えて、さらによくしていきたい、こう考えてはおります。  それから当用漢字でないような字を使っている点を改めるように――これも折に触れて改められるものから改めておるのですけれども、国璽、御璽の関係のそれはどうするかというようなことは、それは宮内庁だけの問題ではないのでありまして、璽なんていわないで、判とか印とかいったらどうかという意見もありますが、これも検討中でありまして、まだこれを今どうする、これは宮内庁だけの問題でありませんので申し上げかねるわけでありますが、研究はしておる次第であります。
  31. 吉田法晴

    吉田法晴君 東宮大夫なんというのもそうですね、これは先ほどあなた自身が指摘したけれども、東宮も大夫もどっちもですが、そういう点についてはどうでしょうか。
  32. 瓜生順良

    政府委員瓜生順良君) 先ほど申しましたように、これは検討をさらに進めていくつもりでございまするが、しかしまあ先ほどもちょっと申しましたように、こういうふうに使いなれておるので、一般の方もそういうふうな点を普通名詞として考えられておる用語については、無理に変えてわかりにくくしてもというようなことから、もと言葉を踏襲をしておるのであります。なお、いい名称があれば検討していいというつもりではおります。
  33. 吉田法晴

    吉田法晴君 東宮大夫というのがみんなに親しまれておるとおっしゃいますけれども、これはある年令以上の者はそれは知っているかもしれませんけれども、(笑声)今の高等学校の生徒以下に聞いてみますと、東宮大夫というものについて正確な答えをし得る者はおそらくないでしょう。それはあなたにとってはもちろん親しい、なれた言葉でしょうけれども。ですからこれはこまかに私は申し上げませんが、宮内庁法の中身についても、全体についてこれはやはり再検討をすべきものがあります。先ほども一つの例として皇太子の恋愛の自由ということを申し上げましたが、結婚の自由ということも申し上げましたが。これは全体としてやはり検討をすべき段階です。まして何と申しますか、それはあるものを法に規定をしたということですけれども、私は施行規則に譲られておったのは、全体についてやはり再検討をすべきだと、こういうことで法に規定されずに施行焼則に譲られておったと思うのであります。それをまあ法に規定するということは、今までのものをはっきり法律の上で、明定をするということです。やはり若干の再検討改革というよりも、逆コース考えるのであります。たとえばもう一つそういう例としてお尋ねをいたしますと、あの国会図書館になっております建物を、何といいますか、外国使臣の接見の用に使いたい云々という話があるようであります。これは宮内庁から出ております話ですか、それとも政府といいますか、どこから出ておる話か知りませんが一つの逆コースの例だと思うのでありますが、宮内庁とあの今、国会図書館で使っております建物との関係について、どういう工合に考えておりますか、あわせて承わりたい。
  34. 瓜生順良

    政府委員瓜生順良君) 今、国会図書館に使われておりまするあの建物につきまして、宮内庁として将来あれを返してもらって使おうというような計画は別にございませんし、何か迎賓館にしたいというようなことも宮内庁から言っておるようなことはございません。まあ何かあの建物があいた場合に宮内庁で使ったらどうかというようなことを言われる方はございますけれども、今のところはそういうようなことは考えていないわけであります。
  35. 江田三郎

    ○江田三郎君 先ほど来吉田委員との質疑応答を聞いておりまして、天皇人間天皇である、こういう言葉で言っていいのかどうか知りませんが、一部の中央公論なんかに書かれておるようなものじゃないのだ、そういうことをいろいろお話になっておりましたが、どうも私たち必ずしもそうも思えない。まあ最近、まああなたは中央公論六月号をお読みになったくらいですから、ほかの本もいろいろお読みになっておると思うのですが、例の「孤独の人」というような、ああいう本が問題になっておりますが、あれが小説ですから全部が事実というわけではなしに、フィクションの部分ももちろんあるということは、これはまあ否定できません。しかしあそこでおおよその輪廓というものは私はうかがわれるのではないかと思うのですが、ああいうものをお読みになってどうお感じになっておりますか。
  36. 瓜生順良

    政府委員瓜生順良君) 「孤独の人」を私も読みましたのですけれども、これはまあ今の皇太子殿下の高等部のころのことのようであります。現在のことではないのでありますから、そのころ私はおそばへ行ったことはないので、その当時どうだったかは知らないわけですが、現状から見るとあの通りではありませんですけれども、なお、侍従なんかに聞きますとあの通りではない。しかしまああれに似たこともこれはあるのであります。そこでまあ皇太子殿下は特殊な立場におられるものだから、普通の青年と同じようなふうなことにはいかない点があって、まああれに書いてあることの一部分においてはそれに合う点もある。しかしそうでない違う部分も相当あるということを言っております。では現在の皇太子殿下の御扱いについて非常に窮屈にしているではないかというふうなことでありまするが、その点については先日も東宮職の人といろいろ協議をしたのでございまするが、やはり改める余地はあると思います。あの本に書いてあるようではありませんですけれども、しかしこれはやはり普通の家庭の場合でありますと、御両親と子供さんというのは一緒におられて、兄弟も一緒におられて、家庭的な零囲気というものはあるのですが、まあ皇室では両陛下と皇太子殿下は別の所においでになり、義宮様も別の所、清宮様も別の所というふうに家庭的なあたたかい雰囲気の中に平常おられない。それを補うために一週間に一回ないし二回両陛下のお住居に殿下が参りまして、昼食を共にされたり、晩御飯を一緒に召し上がられたり、日曜日は大ていおいでになっておりますが、努めてそういう空気を作るように努めております。しかしといって普通の家庭のようにすぐに一緒にお住いになるというのには建物も現在としてそれだけのまとまったものもありませんし、またそういうふうになれておられますものですから、周囲の人が見るほどでもなさそうで、なれておられるから、それでよろしいというものじゃないのでありますが、これは努めてそういうような短所の点は補うようにわれわれお世話する者としては考えなければならないというつもりでおりますので、改める点があれば改めたいと思います。
  37. 江田三郎

    ○江田三郎君 ほんとうにそういうことを改める気になれば、まあ適当な建物もないと言われますけれども、そのくらいの建物というものは、今の大きな予算から見ればどうでもなることなんで、私はあなたは周囲で考えるほどじゃなかろうと言われますけれども、多少、親と子が離れ離れになって一週間に一ぺんずつ顔を合わすというようなことは、何と考えたって不自然じゃないかと思います。そういうようなことは私は岡山ですから、池田さんのところへ行っておられます厚子さんのことも、私の家がすぐ近所にありますからよく知っております。私はああいうものを見ておると、非常に気の毒にたえない。あなた方は従来のしきたりがあるのだから、はたが見るほどのものでないと言われるかもしれませんけれども、日常化活における、岡山へ行っておられる方がお漏らしになっておる言葉、現在の生活の実情、そういうものを見ると、私はまああえてそういうことをこまかくここで何も暴露的に言うわけではない、言うわけではないけれども、しかし気の毒にたえぬと思うのです。だから「孤独の人」というものがもちろんフィクションの部分がたくさんあるということは私もその通りに思うのでありますけれども、しかしあれを一読して受ける全体的な印象というものは、一つも変りばえがしないのじゃないか。あなたがたが自分で新しいようなことをお考えになっても、やはり大きなワクをおはめになって、あなた方によってはめられて、非常にお気の毒なことになるのじゃないかと思いますが、そうお感じになりませんか。
  38. 瓜生順良

    政府委員瓜生順良君) 先ほども何度も申し上げましたように、現在がもうこれで完全とは思っておりませんけれども、これらの変え方についていろいろ相談しながら、だんだんに変えていこうというので工夫はしておるのですが、われわれとしては、われわれが考えが至らぬために、将来この天皇になられる皇太子殿下の人間としての成長をされる点で妨げるようなことがあってはいけないということは十分考えておるつもりなのでございます。で、ただある程度やはり先ほど申しましたが、伝統もあり、これを全部すぐ変えることもむずかしい、それをある程度考えながら、また新しい情勢に合せるというようなことで、徐々に考えていくというようなことで現在やっておるわけでございまして、そういうような気持の点は今御質問なさいました方のお気持は十分わかるのでありまして、時によると、いろいろとわれわれとしてもこうありたいなということはありますが、またそう一足飛びにいかない。じゃますこの程度にしようというようなこともある点を御了解いただきたいと思います。
  39. 江田三郎

    ○江田三郎君 まあそういうお気持はいいのですがね。しかしやはりあなた方はその局におられると、おのずからものを考えるというても、一つの制約があるのじゃないかと思うのです。それは意識的にだれやらから、たとえば古い関係者から、かれこれ言われるというようなことでなしに、おのずから何か大きなふん切りをしてはいかぬというような、自分自身でそんな気持になられるのではないかと思います。たとえば先ほど吉田君が質問している束宮大夫ですか、これは実際東宮大夫という言葉意味は、今の中学校なりあるいは高等学校でも、私ははっきりわからぬのじゃないかと思うのです。私もはっきりわかりません。よほど古典の知識がないと、東宮という意味――こんなものは、東宮というたら何だ、すぐ直接の対象を指せと言ったら指されるかもしれませんが、しかし東宮という言葉意味はどういうことなんだろうか、そういうようなことになると、よほど古典の知識がないと東宮にしたって大夫にしたって、わかりゃしません。百人一首で名前は知っていますよ。(笑声)そのくらいのことなんです。そういうことをあなた方はなれっこになっておるから何でもないようにお考えになっておるかもしれませんけれども、それがやはり時代との大きなズレになっているのじゃありませんか。そんなことを率直に今の普通教育と即応した形で考えるというところまで思い切られたときに、天皇さんなりあるいは皇室の方々の日常生活についても、あるいは御結婚についても、やはり一つのほんとうの人間的な常識的な線が出ると思うのです。あなた方はそういうことは、妙なことはしないんだと言っておられますけれども、現実にはそういうことが反省される余地があるのじゃないですか、どうですか。
  40. 瓜生順良

    政府委員瓜生順良君) 今の御意見の点については、反省する余地があるかどうか、反省する余地はあると思っております。ただなかなか一足飛びにいかないが、だんだんと改めるべき点は改めるというふうにしたいということは、常に考えておる次第であります。
  41. 江田三郎

    ○江田三郎君 あなたの先ほどの吉田君の中央公論の一節を引用した質問に対する答えを聞いてみても、ほんとうにあなたは皇室というものを、天皇さんというものをもっと大衆の中にとけこましたいのだ、ほんとうにもっとくつろいでもらいたいのだ、そういう気持はよくわかりますよ。よくわかるけれども、どうもわれわれ見ておるというと、そこに無意識の中にあなた方自身がかみしもを着ているのではないか、たとえば地方へおいでになる、それは警衛は警察庁の関係だ、こうおっしゃいますけれども、しかし便所一つ作るということは、あれは警察庁の関係じゃないでしょう。
  42. 瓜生順良

    政府委員瓜生順良君) 何ですか。
  43. 江田三郎

    ○江田三郎君 便所を作るということは。(笑声)陛下が地方へおいでになる、わざわざ便所を作る、農村へ行ってわざわざ便所をお作りになる、これは陛下が作られるのじゃないですよ。地方において作る。それには何も地方庁だけが自主的にやるとか何とかいうことでなしに、あなた方の意思が加わっていると私は思う。これは笑い話のようですけれども、私は笑い話じゃないと思うのです。一体国民としてどういこ感じを受けますか。そのあたりには古い旧家もありますよ。あるいは役場もありますよ。いろいろなものがあります。どうしてそういうようなところの既存の施設を使うことができないのでしょう。それを何万円かかけて、便所だけ作って、あと何にするのですか、これは一体何やら記念物にでもするのですか。私はまだ不幸にして便所の記念物というものは聞いたことがないのです。そういうことが大きな間違いを犯しているのです。そうじゃないですか。
  44. 瓜生順良

    政府委員瓜生順良君) 一例として地方へおいでになった場合の便所の話が出ましたのですが、これはいわゆる弁解するようにとられると困るのですが、宮内庁の力がそういうことを希望することは絶対にないのであります。地力へ行幸になります際に下検分がありますが、その際にもそのために部屋を改築したり、それからまた便所を新築したり、そういうようなことはしてもらわない方がいいのだ、そういうことはわれわれの方としては避けていただきたいというふうに言っておるくらいなのでありますが、しかし実際はこの部屋が改築されたり、今おっしゃるような事実があるいはあるのじゃないかと思いますので、こうした点はやはり今後お出かけの際には、そういうようなことが絶対にないようにもっと強く釘をささないといかぬのじゃないかというふうに、今のお話で感じたわけであります。
  45. 江田三郎

    ○江田三郎君 あなた方の方は、宮内庁の方でそういうことをしているのじゃないのだと言いましても、やはり地方ではちゃんと計画を作ってあなた方のところに何べんも打合せに来るのでしょう。便所だけじゃないよ。この間も私の方においでになったけれども、県民は喜んでおりましたよ、また来ていただきたいと。旅行においでになるたびに道がきれいになる、道を直すために好都合だ。そういうことが一般大衆の率直な感覚なんですよ。そういうことでいいのかどうかということなんです。私はこの間幸いに国会からイギリスへ行かせてもらいまして、それでいろいろイギリスのことを見聞しましたが、あのウエストミンスター・アーベィに行きました。あなた方御承知と思いますが、あの即位に使われた金ぴかのいすが飾られております。それを見ますと、金ぴかのいすの背のところにたくさん名前が彫ってありました。それを聞いてみると、何年か前に王室にあやかって自分の出世を祈るために子供がナイフでいたずらしたのだ、そういう話でありますが、   〔委員長退席、理事宮田重文君着席〕  それがそのまま置いてありました。修繕も何もしないでそのまま即位に使われ、しかもそのあとウエストミンスター・アーベィの大衆の面前に陳列されている。そこらに私はあなた方が学ぶべき点があるのじゃないかと思います。何もこの即位用のいすに傷をつけろと言うのじゃありませんが、そういうところにほんとうに民衆――国民というものと天皇というものとの間に親近感が出てくるのじゃないか。それを便所を新しく作ったり、あるいはそのときだけ三日ほど持つような砂の敷き方を道路にしてみたり、そういうことは一体何になるかと思うのであります。あなた方の責任じゃないかもしれぬけれども、しかしその大きな責任はあなた方にあるわけですよ。もっとそういうような気持になって大きな転換をはかられたらどうですか。
  46. 瓜生順良

    政府委員瓜生順良君) 今のお気持の点は先ほども申しましたようにわかるのであります。行幸の際の便所、さらに道路の問題も出ましたが、行幸のためにそうした経費をかけないようにすることの言い方が足りないか、あるいは何らかもっと突っ込んで考えなくちゃいかぬ点があるのじゃないかと思います。これはわれわれの方も関連があるので、それを希望したり、それに対して特に事前にこの承認を得てもらうということもないわけであります。しかしながら将来一そうこうした点は釘をさすように注意したいと思っております。なおこの皇室のいろいろのことの取り運び方につきましては、今おっしゃいましたような精神もわれわれもそのつもりでおるのでありますけれども、これはすでに国民総意がどこらあたりを期待しておられるかというような点も考えながら、やっておるわけで、われわれの観測が誤まっておるといけないと思いますので、そういう点をさらに一そう十分検討いたしまして、新しい事態に即応した方向にいきたいと思っております。
  47. 江田三郎

    ○江田三郎君 くどいようですが、私は特に池田家の現状というものをじっと見るたびに、皇太子の御結婚についてあなた方がよほど新しい考えをしていかれぬと大へんお気の毒なこっちゃないかと思います。それからなお、そういうようなお気持があれば、吉田君が言っておるような、この設置法の問題についても、まだまだ私はあなた方自身で修正される点がたくさん残っていると思います。それだけ申しておきます。
  48. 井上清一

    ○井上清一君 終戦後私はしばしば宮内庁へ伺いますが、終戦当時と比べて、最近宮内庁は大へんきれいになりました。また皇居の中も大へん勤労奉仕といいますか、各地方から出てこられる方が勤労奉仕をやられて、非常に中もおいおいきれいになってきておるように思います。また宮内庁の中も、立太子礼を契機として、ずいぶん設備もよくなったように思いますが、しかしやはり何と申しましても、宮内庁建物は、これはオフィスなんであります。外国の使臣とかあるいはまた賓客を迎えるには、はなはだふさわしい建物であるとは必ずしも私は言えないのじゃないか、こう思います。まあ最近終戦以来十年、相当日本の国力も出てきておる。陛下はお文庫に住んでおられて、だいぶ御不自由だというお話も承わっておりますが、この際はまだあるいは時期じゃないとか、これは私はわかりませんが、皇居の新営、新築というようなことについて、宮内庁としてはどういうふうにお考えになっておりますか、この点一つお伺いしたい。
  49. 瓜生順良

    政府委員瓜生順良君) 現在の宮殿というのは仮宮殿で、元の宮内省のオフィスの三階を一応きれいにして使っておるので、あれでは十分ではないという点はあるのでございますが、しかしここにほんとうの宮殿を作るかどうかということについては、まあ相当の経費もかかりますし、現在の財政の状況から考えて、まだその時期ではないのじゃないか。特に一般の住宅事情等も、そうまだよくなっておるともいえないという点もあり、なお、これは外国に対する影響としても、まだ賠償問題なんかも全部解決もしておらないようでありますが、そういうようなときには、かえって質素であったほうがいいような面もあるというようなこともありまするし、そういうようなこともありまして、なお、特にそうした点については、陛下のお気持もそういうような点にございますので、今のところは急いでその新営を考えるという時期ではない、もう少し先で考えていいのじゃないかというふうに思っておるわけであります。
  50. 井上清一

    ○井上清一君 皇居なりあるいは京都の御所等につきまして、一般国民の見学希望をいれられて解放をされておるということについては、私、非常に国民皇室の何か密接さを増すというような点で、非常に私はけっこうなことだというふうに思っておりますが、実は私は京都におります関係で、桂の離宮と修学院の離宮等について、非常に見学の希望が多いようです。ところがいろいろ宮内庁の方面の方のお話を聞きますと、やはりあまり大ぜいの人を入れると庭が荒れるというような関係もあると思いますが、それと同時に、どうもあそこの人手が足りない。人手が足りなくて、十分監視をし、また参観希望者を案内するための人が足りないんだ、こういうことで、勢い非常な厳重な制限をやっているようなんです。私はむしろああいうりっぱな文化財については、できるだけ国民の見学希望をかなえるようにした方がいい、こういうふうに思いますので、まあこういう点について、一つ宮内庁として十分御配慮を願いたいということと、もし予算が足りないというようなことであれば、適当な入場料というか、拝観料というか、そういうものをとってでも、まあそういう整備、整理の費用にも充てるということも一つの方法じゃないか、こうも思いますので、これらの点について一つ意見を伺っておきたいと思います。
  51. 瓜生順良

    政府委員瓜生順良君) 京都の桂離宮修学院離宮京都御所等については、多数の方に参観を許していないのは事実であります。これは、特に桂離宮については、この建物、それから庭園等、一日にあまりたくさんの方が入られますと、いたみが早くなる。そこでいろいろ専門家の方の御意見なんかで、現在でも少し入れ過ぎておるんじゃないかというようなことも言われます。しかし現在一日百人を限って認めておるわけでありまして、で、これはそこにおる案内人とかいうものを増せば、もっとたくさんの人に見ていただけるというのではなくて、ああした古い名園を損なわないで維持するためには、あまり一ぺんに一日にたくさんの人に見てもらうことは感心しないという専門家の御意見があるために今の程度に制限してあるのであります。なお、入場料をとったらどうかというのは、これは今皇室のいろいろな建物参観を認めておりまする一般について言えることなのかもしれませんが、まあそういう金銭の報酬を得なくても、まあ国の予算でこの管理をしており、国の給与をもらっておる係員であれば、それで実質的な負担を、そこを見たい方にかけないで見ていただくことの方がよかろうということで、入場料を取ろうということは今考えていないわけであります。
  52. 井上清一

    ○井上清一君 それじゃ、もう一点だけ一つこれは伺いたいと思いますが、ただいまここに議題になっております宮内庁法の中に、第四条、五条、六条に、「命を受け」ということが書いてあるわけなんです。「侍従長は、側近に奉仕し、命を受け」次に「侍従次長は、命を受け、侍従長を助け」云々、第五条に、「東宮大夫は、命を受け」と書いてある。この「命を受け」というのは、宮内庁長官の命を受けという意味でございましょうか、それとも違った意味を持っておるわけでございますか。その点を一つちょっとお伺いしたい。
  53. 瓜生順良

    政府委員瓜生順良君) これは上官の「命を受け」で、その上官は宮内庁長官でありますが、なお、次長も監督権を持っておりまするので、次長の命も受ける。要するに上官の命を受ける、こういうふうに、いろいろな法律のきめ方がこうなっております。普通の型をとったわけであります。
  54. 島村軍次

    ○島村軍次君 だいぶ時間も経過したようですから、簡単にお伺いいたします。今度の改正のうちで、皇宮警察については、「警察庁長官に対して所要の措置を求めることができる」ということがあるのでありますが、どういう点からこの改正考えられたのか。アウトラインの考え方についてはわからぬでもないんですが、この点に対する具体的な考え方を一つ承わりたい。
  55. 瓜生順良

    政府委員瓜生順良君) 皇宮警察は、皇居、離宮その他の中にありまして、宮内庁の職員と同じような制度で勤務しておりまして、陛下その他皇族の側近の護衛、なお、皇室用財産の管理保護の警備をやっておるわけであります。この仕事の面で、皇室お世話をする宮内庁事務と非常に密接な関係がございます。世間では、皇宮警察というと、宮内庁一つ部局であるように誤解されておる方もあるくらいのものであります。しかし今までのところは、宮内庁としては皇宮警察とは別の官庁でありまして、官庁同士でお互いに協力するという関係は、これはありまするが、宮内庁側から皇宮警察に対して、特にこういうふうにしてもらいたいというふうに言う法律的な根拠はない。もちろん役所同士の協力関係でお願いするということはできますけれども、法律的根拠に基いてこういうふうにしてもらいたいということはできなかったわけです。それではこれをここに書いてありますように、所要の措置を求めるというのではなくして、宮内庁組織に入れてしまったらどうかというお考えも途中においてはありました。これは終戦前は宮内省といっておりまするころは、宮内省の中に皇宮警察があって、宮内大臣の指揮監督のもとにあったので、宮内省の中の一つ部局でありましたのですが、そういう姿に返したらどうかというような意見も一部にちょっとありましたけれども、しかし宮内庁長官が警察権の一部を持つことになりますから、これはやはり避ける方が今の新しい時代宮内庁のあり方としてその方がよかろう、避ける方がよかろうということでそれは避ける。しかし同じようなところで、ときによっては非常に密接不可分の仕事をする関係のものが、一そうこの連絡を緊密にするための法律的な根拠というものは、やはり書いておいた方がお互いの気持の上においていいだろうということで、この条文を今度入れていただきたいというのでありまして、それでは今宮内庁と皇宮警察が対立している。役所でいがみ合っておるのかというと、そういうわけではないのであります。特に大きな欠陥があるというわけではないのでございまするが、しかしながらこうした規定を入れることによって、一そう気持の上で緊密になるということは考えられるからというので、警察庁当局もやはりこれには賛成だというので、こうした条文を入れていただくということに書いておるわけであります。
  56. 島村軍次

    ○島村軍次君 命令系統は警察庁長官でございますが、現在どのくらいの、皇宮警察の人員がおありでしょうか。
  57. 瓜生順良

    政府委員瓜生順良君) 現在は九百人でございます。
  58. 島村軍次

    ○島村軍次君 それから今度の衆議院修正で、この京都事務所というものについては、支分部局として京都事務所を置く、こうなったわけですね。そこでもとの第七条に付属機関として京都事務所を置くということの方がはっきりするのじゃないですか。その点はどうですか。
  59. 瓜生順良

    政府委員瓜生順良君) 最初われわれの方では、付属機関ということで考えて一応原案を提出したのでありまするが、しかしその付属機関正倉院事務所、下総御料牧場、これはもうはっきり付属機関ということはわかるが、京都事務所はなお宮内庁所掌事務の一部を分掌をするという面がある。これは純粋の付属機関でもないじゃないかというようなことから、やはり支分部局というふうにした方が感じもいいのじゃないかというようなことから、こういうふうになったので、特にこの京都市におられる方のお気持から、この正倉院事務所、下総御料牧場と同じような付属機関というふうに考えられるのとは少し違った別のもので、支分部局というふうにしてもらう方が感じがいいというような点もあったように察せられました。いずれにしても、事務的には支障はないので、そうしたお気持もそう無視すべきものでないというので、この修正には賛成をしたのであります。
  60. 島村軍次

    ○島村軍次君 そこで国家行政組織法との関係ですが、地方支分部局というものに対して、これは宮内庁では初めてだろうと思いますが、行政組織法の方でもこれは差しつかえないのですか。
  61. 瓜生順良

    政府委員瓜生順良君) この点につきましては行政組織法の方からも差しつかえないというので、衆議院の法制局、なお内閣の法制局の方でも差しつかえないということであります。
  62. 島村軍次

    ○島村軍次君 先ほど束宮大夫に対する質疑があったようですが、東宮大夫及び式部長官というこの名称国民に平たく説明すればどういうことなのですか一つこの機会にお話を願っておく方がいいのじゃないですか。
  63. 瓜生順良

    政府委員瓜生順良君) 東宮大夫皇太子殿下の世話をする事務の方の一番頭ということでございます。で、式部官長は儀式、儀式に国賓を接待するような接待を含めて儀式、それから渉外の、外国関係の接待、そういうような仕事をする方の長を式部官長。
  64. 江田三郎

    ○江田三郎君 その言葉の出所はどこにあるか。
  65. 瓜生順良

    政府委員瓜生順良君) これは式部職というのが従来から儀式を扱ってずっと来ている。それが……。
  66. 江田三郎

    ○江田三郎君 式部という言葉の出所はどこにあるか。
  67. 瓜生順良

    政府委員瓜生順良君) 式部は儀式部、要するに儀式部という言葉だと思います。儀式の儀が略されて式部というふうに言われたものと思います。たとえば管理をするところは管理部というように、式をするところは式部、それでは式部長でいいじゃないか。職が要らないじゃないかというようなことも、いろいろ検討する際にはあったのですけれども、式部長ではわかりませんし、やはり式部職といった方がわかりやすいというような、それがかえってわかりにくいのかもしれませんが、いろいろ検討しましたのですが、なお、こういうような問題につきましては、先ほども申しましたように、将来もさらにもっと検討したいというつもりは十分持っておりますから、御了承をいただきたいと思います。
  68. 島村軍次

    ○島村軍次君 大夫という語源を聞かして下さい。
  69. 瓜生順良

    政府委員瓜生順良君) これは私もそう詳しくは存じませんけれども、大夫というのは東宮大夫のほかに皇后宮大夫というのと、皇太后大夫というのと使っておりましたが、これはやはり昔から、明治になる前からの言葉で、大夫というのはそういうことをするのだというふうに使っていたから、それを踏襲してきたのだと思います。そこに批判の余地はあると思いますが、要するに世話をする方の一番上だ。やはり古いいろいろの記録にそういうふうに使っているのを踏襲したということであります。
  70. 島村軍次

    ○島村軍次君 その次の書陵部というのがありますね。これはどういう仕事でありますか。
  71. 瓜生順良

    政府委員瓜生順良君) これはまことにむずかしい、わかりにくいと思うのは、もと宮内省時代に図書寮、諸陵寮として、要するに図書の方は書をとり、諸陵寮の方の陵をとって、この二つを、昔は寮といっていたのですが、図書寮、諸陵寮が合併してできたので、両方をとって書陵部、これは最近の新語でありまして、普通にはあまり通用していません。二つを合せたものであります。
  72. 宮田重文

    ○理事(宮田重文君) 別に御発言もなければ、本日は本案に対する質疑をこの程度にとどめておきたいと思いますが、御異議ございませんか。   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
  73. 宮田重文

    ○理事(宮田重文君) 御異議がなければ、本日はこれにて散会いたします。    午前十二時二十九分散会