○
山縣参考人 ただいま御指名いただきました
船舶通信士協会の山縣であります。このたび審議されます
政府提出の
電波法の一部を
改正する
法律案のうち、
海上無線業務に関する点について、二点修正していただきたい旨をさきに御
請願申し上げておるのでありますが、これらについて
参考意見を申し述べる機会を与えられましたことを深く感謝いたします。
請願の第一点といたしましては第二級
通信士の
従事範囲を若干広げていただきたいということでございます。第二級
通信士の
資格は、
国際電気通信條約に規定する二級
通信士に相当する旨を裏書きされた国際的な
免許証でありまして、
国際電気通信條約は、その
附属無線通信規則で、第二級
通信士が
国際通信を行い得ることを規定しています。
従つて当然それに必要な技術上、職務上の知識と技能を要し求しておりまして、これに対する
国家試験は、その要求に適合する能力を基準として行われております。
現行電波法におきましては、この二級
通信士はあらゆる場合、
一級通信士の指揮のもとでなければ
国際通信に従事できないように規定しているのでありますが、これは二級
通信士の
資格能力に対し、いささか厳格過ぎると思うのでございます。同じ
国際通信に関します
資格とは申しよしても、一級、二級という
資格の差別がございますから、その上位にある者の
責任下に
国際通信を行わせるという
考え方自体に反対するのではござい工せんけれ
ども、もう少し国際的に認りられた線に
沿つてその範囲を広げてもさしつかえないのではないかと思うりでございます。一口に
国際通信と申しましても、戦前と戦後は
大分内容が違
つております。朝鮮や台湾、沖縄または千島などは、戦前はもちろん
国内通信の範囲内でございましたが、今日ではすべて
国際通信の中に入
つておるのでございます。昭和二十五年
現行電波法が
改正されます以前は、旧法によ
つて二級
通信士はこれら
近海各方面で、
船舶局の
通信長として十分その職員を果して来たのでございますが、今度はこの法律でその職務を行
つては
なつないということにな
つたのでございます。外国にな
つたのでございますかつ、多少
通信の内容な
ども相違があるでしようが、
資格の上からも実際能力からも十分であると認められるのに、このように制限するのは少々極端ではないかと思うのでございます。この規定で二級
通信士が非常にその職場が狭められ、
上級資格を取得するのもなかなか容易ではありませんから、生活上に大きな不安を感じているのでございます。もつとも
法施行に対する
経過措置として、附則第九で施行後三年間は、さきに申し述べました
航路区域からは
近海第一区でございますが、その区域内は二級
通信士の
通信長でもよいことにな
つておりますから、今はよいとしましても、この
措置は明年五月末で失効しますので、その際は全般的に
一級通信士と入れかわらねばならないことになり、
通信士はもちろんのこと、
船主さんの方でも配乗上相当の困難が起きて来ることが予想されるのでございます。以上申し述べました
通り国際條約の上からでも、また実際業務を行う上からしても、別に不都合はないのでございますから、
現行経過措置を本條第四十條の当該條項の但書に挿入し、
近海区域第一区においては、二級
通信士が
通信長として従事し得るよう、この機会に修正していただきたいと思うのでございます。
次に
請願の第二は、
警急自動堂信機に関する件でございます。一九四八年ロンドンで締結されました
海上における人命の安全のための
国際條約は、新たに
旅客船と千六百トン未満五百トン以上の
貨物船に
無線設備をすることと、
旅客船と千六百トン以上の
貨物船に
無休聴守を
義務づけたのでございます。これは
無線の常時
聴守が、船の安全を期する上にきわめて重要だという認証の現われだと思うのでございます。私
たち通信士は、
日本で初めて商船に
無線が装備され、定員一人のころからその業務上の経験を通じて、
無休聴守でなくてはいけないことを痛感し、
三直制による常時執務を強く主張して来たのでございます。そしてそれが
海上危険が増大した
戦争直前にほぼ実現したような次第でありまして、このことが
国際條約で規定されましたのは、何とい
つても
海上安全にと
つて大きな進歩であり、私
たち海上労働者としては喜びにたえないところでございます。この條約に適合するために
船舶安全法が
改正され、同時にまた
電波法も
改正されることにな
つたのでございますが、今度の
改正法案を見ますと、
せつかくの進歩的な
措置を実質的には効果のないものにしてしまうような箇所が見受けられるのでございます。すなわち第六十五條の第一項、第二項では、五百キロサいクルの指定を受けている第
一種局、これは
総トン数三千トン以上の
旅客船と五千五百トンを越える
貨物船の
船舶無線電信局をさします。及び第二種局、これは甲乙の区別があ
つて、甲は
船舶安全法第四條の
船舶で、
総トン数五百トン以上三千トン未満の
旅客船と、千六百トン以上五千五百トンまでの
旅客船以外の
船舶の
無線電信船舶局をさし、第二種局乙、これは第
一種局に該当しない
旅客船以外の
船舶無線電信局で
公衆通信を取扱うものと、第
一種局及び第二種局甲に該当しない
旅客船の
船舶局をさしますが、これらは五百キロ
サイクルで常時
聴守するこことし、さらに五百キロ
サイクルの指定を受けている
海岸局及び第
三種局甲、これは
総トン数五百トン以上千六百トン未満の
旅客船以外の、
船舶安全法第四條の
船舶の
船舶局で、
公衆通信を取扱わないものをさしますが、これらの
義務運用時間は五百キロで
聴守することを規定しておりますけれ
ども、第六十五條の第四項におきましては、
運用義務時間以外は
警急自動受信機による
聴守でもよいとしているのでございます。これを裏返せば、
警急自動受信機をも
つて通信士にかえ得ることであり、
通信士を減らしてもさしつかえないのだという規定となるのでございます。なるほど
国際條約でも
警急自動受信機の
聴守を認めておりますし、現に
外国船などでも使用しておりまして、それらの関係からするならば、しごく当然のこととお考えになるかと思います炉、案はそごにきわめて重大な問題があるのでございます。
まず第一に、
警急自動受信機はとうてい
通信士の
かわりにはならないということでございます。この
警急自動堂信機という
機械は、
日本でもか
つて大型船に使用されたことがございました。私
どももそれを操作した経験がございますけれ
ども、
毎日所定のテストをして異状のないことを確かめた上、執務時間を
終つて就眠前には必ず
作動状態に置いたものでございますが、けたたましい警鈴に起されて
受信機のスイツチを入れてみると何でもなかつたり、朝起きてみると、寝ている間に
遭難船があつたりして、さつ
ぱり役に立ないばかりか、
通信士に無用の煩労を加えただけでございました。もちろん日進月歩といわれる
電波科学の発達によりまして、今日の
機械の性能はそのころのものより高くな
つていることではありましようが、しかもなお限界のあることは否定できません。
米国船の
通信士の
労働協約では、
オート・アラームによ
つて執務時間外に起された場合は、時間
外労働として手当を支払うことを協定しているのでございますが、その場合、空電によ
つて七回以上作動したならば、その
オート・アラームはとりかえねばならないという條項が設けられてあります。これは
アメリカでは
通信会社が
通信士と
機械を供給しているからでございますが、この例によ
つて見ましても、
アメリカの
機械ですら空電で作動することがあるのでございます。今後装備しようとする
機械は、所定の規格に照して厳重な
性能検査が行われ、それに合格したものとなりますから、確度も相当高いものとなるではございましようが、
無線機器型式検定規則第十七條の第五号では、空電その他
警急信号以外では作動しないこと、但し事実上
警急信号を構成する場合はこの限りでないと規定しておりまして、相重畳する空電がたまたま
警急信号を構成したら、結局空電でも作動することになるが、これはしかたがないのだとしているのでございます。私たちは科学の進歩とその成果を否定するものではございませんけれ
ども、
機械の性能にはおのずからある限界があ
つて、しよせん意思を持たない
機械は、人間の
かわりにはならないことを認めないわけに行かないのでございます。
第二には
警急信号で作動するこの
機械は、その信号を伴わない
遭難通信に対してはまつたくのおしであるということでございます。
警急信号といいますのは、四秒時長の長点を一秒時間隔で三回以上をも
つて構成し、これを
遭難通信の直前に発射することを建前としているのでございますが、
遭難通信の発信はその性質上一般に慎重に扱われます。現在の
電波法百六條の第二項によりましても、
遭難通信を発した場合には三箇月以上の懲役というような規定があ
つて、そうしたことから、非常に慎重に取扱われる。
警急信号を発射するいとまがないとか、または余裕があれば
緊急通信で漕難の危険をあらかじめ通知し、それに引続いて
遭難通信に移るという場合が多いのでございます。
従つてそこには
警急信号の伴わない
漕難通信が間々あるのでございますが、それらに対して
警急自動受信機はまつ
たく用をなさないのでございます。これは
漕難通信の実体から来るもので、いかに
機械の性能をよくしても解決のできない点でございます。
このように
機械の性能の限度からしても、また
漕難通信の実情からしても、きわめて不十分なことは明らかでございますが、もしこれが本
改正法案の通りに
なつたとしたら、どんな結果になるでございましようか。昭和二十七年三月一日現在
海上保安庁の調査によりますと、五百トン以上の船は八百十九隻で、そのうち第二種局、つまり五千五百トン以下の
貨物船と三千トン未満の
旅客船以下の船は七百四隻を占め、さらにごのうち
近海に就航するものは、五百トン以上四千トン未満として五百四十二隻となりますが、これらの船は
船舶局の区別によりまして、それぞれ十六時間、八時間あるいは四時間の
限定執務で、その時間は
AC條約付録第十三
号C地帯表に基き、
東部インド洋、支那海、
西部太平洋にあるものは全部同様に定められているのでございますから、それらがいずれも
運用講務時間以外を
警急自動交信機で
聴守するとしますると、この区域内に就航する全
船舶に、
警急信号以外にはまつたくつんぼとなる空白時間が、
日本時間で午前塵。時から時、午前七時から九時、午後三時から五時、午後七時から九時、午後十一時から十こ時と現われて来るのでございます。この時間中は
警急信号が正確に発射され、それによ
つて警急自動党情機が確実に作動しない限り、いかなる信難が起
つても救助したり、されたりすることはまつたく望めず、実に慄然たる思いがするのでございます。
これは若干古い話になりますが、一九三八年英国の
大型貨物船アングロ・オーストレリアン号という船が、大西洋でか地中海でか判明しないのですが、ともかく行方不明に
なつた事件がございました。これに関し
英国通信士のジヨン・エドワード君は
英国無線技士協会に寄せた手記の中で、次のように言
つております。
英国船は
オート・アラームを装備し、限定された運用時間以外はそれに
聴守をゆだねていた。その船も、
無線装置も、また
通信士も優秀であつたはずなのに、
遭難通信がまつたく他船にキヤツチされなか
つたのは、
船主資本家の利益のために採用された不完全な
オート・アラームのせいである。
オート・アラームはときどき役に立つだけのものであるのに、政府は
通信士と同じように役立つものとして愚劣な立法をしたため、この
悲惨事が引起されたのだ。
英国通信士は団結して、
通信士による二十四時間
ウオッチを実施せしめねばならない。このように強調しているのでございます。さらに古くは一九一二年の
タイタニツク号の惨事もあり、無休の
ウオッチがなされなかつたために、あたら多数の人命が失われた事例は決して少くないのでございます。
特に
日本近海は、その地形と
気象状況などから、世界的に
航海の難所とされておりました。
従つて遭難率も高く、昭和二十六年の
海難で、汽船の全損だけでも二十隻に上
つておるのでございます。このような危険の多い海域を
航海する私
ども船員としましては、自己の生命安全のためにも、また
日本海運発展のためにも、
海難を起さないための努力をするのは当然でありまして、漕難時の
救助措置もさることながら、
海難の防止を第一義として、困難た
自然現象と闘
つているのでございます。ここにおきまして
無線は、
船舶の安全なる
航海にこそ役立たせねばならないのでございます。現在では
無線通報による
航海安全のための
措置は、かなり充実しております。
通信士はその当直中、気象、
航行警報、報時その他の陸上からの情報はもちろんのこと、視界の悪いときは絶えず
付近航行船と連絡をとり、その動静と状況を把握し、あるいは
無線方位を測定するとともに、多数の
海岸局の
呼出し等、無数の
電波を瞬間の変化の中で監視しているのでございますが、これを
航海中常時継続してこそ、初めて
無線が安全に役立つのでございます。この
改正法案が実施されますと、
船主さんの方では早速
警急自動受信機をとりつけて、
通信士を減らそうとするでありましようが、五百キロ
サイクルという
ただ一つの周波数の、しかも特定の信号だけにしか作動しない
機械をも
つて通信士の
かわりにするという
考え方は、
海上安全に対して実に大きな冒険だと言わざるを得ません。しかも
船主さんはこの
機械を装備して減らすだけではなく、まつたく装備しないで減らすこともできるのでございます。第二種局乙は
無休聴守が
義務づけられておりますが、それに該当する
船舶局は、
公衆通信を取扱わないとすれば第
三種局甲になり、常時
聴守の
義務を免れますから、そこに抜け穴ができて、ますます法の精神に合致しない結果となるのでございます。私
ども船舶葉組員として、
警急自動受信機を船に装備すること自体に反対するものではございません。ただこれが
通信士を減らす手段に用いられることに反対しているのでございます。レーダーができまして、船の
安全度は確かに高まりました。しかしそれだからとい
つて、
当直航海士の
かわりにほかならないと同様でありましてこの
機械を
通信士当直の補助として、他の
通信のために漕難波としての五百キロ
サイクルを
聴守できない間作動させておくことにしていただけば、それこそ完全な常時
聴守になり、ほんとうに安全に役立つのでございます。
およそ
海上におきましての安全というものは相関的なものでございまして、互いに他船の安全に役立てることが、とりもなおさず自船の安全を期する
ゆえんなのでございます。先ほど申し述べました通り、
日本近海は世界的な
航海の難所といわれるだけに、
海難率は驚くべき数を示しております。
海上保安庁の調査による昭和二十六年の
海難は、
漕難船隻数三千五十八隻、
乗組員二万六千八百三十四名、
船価旦積り千百七十八億二千二百万円、うち行方不明、沈没の損失は四百十九隻、五万六百七トンで、それにより船価にして三十四億百六十八万円と千六百二名のとうとい人命を失
つているのでございます。
警急自動堂信機を装備して
通信士を減らすことの
経済的利点と比べると、あまりにもけた違いのようでございます。何ものにもかえがたい人命は論外としまして、こうした莫大な損害は、保険でカバーできるからとい
つて済むものではございますまい。国全体の経済の上に大きく響くこのような
海難を防止するために、必要な
措置を講ずるのは
国自体の務めだと思うのでございます。
以上申し述べました通り、きわめて特殊な事情のもとにある
日本近海におきましては、
外国船と同じようにすることはきわめて危険であり、かつ不適当でございますから、
日本近海を就航する船の大宗をなす
船舶の
無線局が、実質的な
無休聴守をなし得るように、
関係條項第六十五條の第四項をぜひとも削除していただき、同時に
運用義務時間は
本條規定を最低のものとし、特別な
措置によ
つてこれ以上短縮することのないように、第六十三條の但書をも削除していただきたいのでございます。
なおはなはだ申訳ない次第でございますが、当方から差出しました
請願書の
オート・アラームの
関係條項中「
改正案第六十三
條但書及第六十五條第一、第二、第三項、第四項を削除」とありますのは、「第六十三
條但書及第六十五條の第四項を削除」の誤りでございますから、御訂正くださいますようお願い申し上げます。御溝聴を感謝いたします。