2021-04-23 第204回国会 衆議院 厚生労働委員会 第15号
○大島(敦)委員 大村博士は、私もこの顕彰碑の設置の除幕式に出たんですけれども、碑文にあるような立派な人物になるべく子供たちが努力してほしいと申しておりまして、やはりこのイベルメクチンについては様々な利益があると思います。ですから、様々な利益について、費用についてはしっかりと援助してほしいと、大臣、思っている。
○大島(敦)委員 大村博士は、私もこの顕彰碑の設置の除幕式に出たんですけれども、碑文にあるような立派な人物になるべく子供たちが努力してほしいと申しておりまして、やはりこのイベルメクチンについては様々な利益があると思います。ですから、様々な利益について、費用についてはしっかりと援助してほしいと、大臣、思っている。
これはワシントンの近郊で慰安婦像が設置をされ、除幕式があったとの報道があったんですが、問題だなというふうに思いましたのは、バージニア州の副知事や議会関係者が出席をして、そこの除幕式で挨拶をしている、さらに、知事の祝辞も代読をされているという事態、報道でありました。
一九九一年、当時の鈴木宗男外務政務次官が千畝の行動を高く評価すると夫人に伝えました、千畝生誕百年に当たる二〇〇〇年、勇気ある人道的行為を行った外交官杉原千畝をたたえてと顕彰プレートが外交史料館、飯倉ですね、に設置された、除幕式で当時の河野洋平外務大臣が戦後の外務省の非礼を認め、正式に遺族に謝罪しました、これにより千畝の名誉は回復したのですということがホームページに書かれてあります。
林大臣は、小学校、中学校ともに下関市立の御卒業、そしてまた高校は山口県立ということ、大学は東京大学で国立ということでございまして、国公立ばかりで残念ながら私学には通われておられませんけれども、地元の早鞆学園の創設者、阿部ヤス先生というんですけれども、その方の除幕式のときに、昭和二年なんですけれども、林大臣のお父様の義郎先生が、まだ小さいときですけれども、幼い手でその除幕式の幕を引かれたという記録が残
そして、またその後、平成十二年でありますが、杉原千畝さんの生誕百年に合わせまして、功績をたたえる顕彰プレートというものが、外交史料館において除幕式がありました。その顕彰プレートをつくるということを決定をされましたのが、時の河野洋平外務大臣であります。
外務省と杉原家の間で意思の疎通が欠けていた点については、二〇〇〇年十月に外交史料館において杉原千畝顕彰プレート除幕式を行った際に、当時の河野洋平外務大臣がおわびを申し上げるとともに、人道的かつ勇気ある判断により人道的考慮の大切さを示されたすばらしい先輩を持ち、誇りに思うと述べました。
外務省としても、これまでも外務省外交史料館に杉原千畝顕彰プレートを設置し、その除幕式で当時の河野洋平外務大臣が祝辞を述べるなど、顕彰に努めているところであります。
実は先日、一九四四年八月にアメリカ潜水艦の魚雷攻撃によって沈没した疎開船対馬丸の慰霊碑の除幕式が、鹿児島県奄美大島の宇検村船越海岸に慰霊碑が建立されて除幕式が行われています。沖縄県内からも遺族や生存者ら二十人余りを含め関係者が出席をしたということです。
奄美大島の宇検村に建立されました對馬丸慰霊之碑でございますが、平成二十九年一月に対馬丸遭難犠牲者の遺骨調査のため厚生労働省職員が村役場を訪問いたしました際に、村長から、同慰霊碑が建立され三月十九日に除幕式が行われるという予定の説明をお受けしたところでございまして、設置された旨は、後に新聞報道で確認した次第でございます。
外務省におきましても、これまで、外務省外交史料館に杉原千畝顕彰プレートを設置し、二〇〇〇年にその除幕式を行っておりますが、当時の河野外務大臣が祝辞を述べるなど、杉原氏の顕彰に努めてきたところであります。
それはそのとおりですが、しかし、あのときに大統領が行った竹島に建っている石碑、これは自民党政権のときにできて、そして首相がその除幕式をやっているんですよ。だから、そのことも言わないとバランスがとれていないじゃないですか。 私はこれを言うのは初めてですよ。
杉原氏の行動は、勇気ある人道的な行為であり、杉原氏の業績を後世に語り継いでいくことが重要だと考えておりますし、外務省はこれまでも、外務省外交史料館に杉原千畝顕彰プレートを設置し、除幕式で、これは二〇〇〇年のことですが、当時の河野洋平外務大臣が祝辞を述べるなど、杉原氏の顕彰に努めてまいりました。 そして、御指摘の杉原千畝記念館ですが、これは設立されて七十五年と聞いております。
御指摘のように、除幕式はこれからということでありますが、この碑を含め、各地の慰安婦像、碑の設置、これは、我が国の政府の立場とは相入れない、極めて残念なことだとまず受けとめております。
竹島に石碑を建て、除幕式を行ったとのことですが、自民党政権時代も含め、政府はこれまでどのような対応をしてきたのでしょうか。御存じのとおり、竹島は、歴史的事実に照らしても、国際法に照らしても、明らかに日本固有の領土です。その竹島が実効支配されてしまっている原因は、これまでの抗議が十分ではなかったという側面があるのではないでしょうか。
二十日に除幕式が行われる模様ということも承知しております。 政府といたしましては、いわゆる従軍慰安婦問題についての我が国の一貫した立場に基づきまして、地元のしかるべき関係者に対し申入れを行う所存でございます。状況を注視しつつ、適切に対応してまいりたいと思っております。
現地の二十日にはこれの除幕式が行われるということでございまして、しかも光州市長の出席も得る中でこの除幕式が行われるということでございます。 日本国外務省として、これはきちんと毅然たる態度を取らなければならないというふうに思っておりまして、今日は外務大臣、御出席いただいていないんですけれども、山野内参事官、ちょっとこの辺に関して御答弁いただけないでしょうか。
ここでは草の根無償で建設された学校教育施設の竣工式に出席をし、議員団を代表してお祝いの御挨拶、またテープカット、除幕式に参加をさせていただきました。
まず、総理にお聞きしたいんですけれども、きのう、徳島県の吉野川市というところで後藤田正晴先生の御功績をたたえる顕彰碑というのが完成しまして、私も除幕式に行ってきたんですけれども、後藤田正晴先生、御案内のとおり、官房長官当時、危機管理にはすばらしい手腕を発揮されたわけです。伊豆大島の大噴火がありました。それから、大韓航空機の撃墜事件もありました。見事な危機管理能力を発揮されたわけです。
最後に、私は、去る十月二十三日、広島県で行われました、戦時中の中国人強制連行被害者と西松建設との和解に基づく中国人強制連行受難之碑の除幕式に参列してまいりました。式典には、中国から当時の労働者や遺族四十名初め、西松建設、それから土地を提供した中国電力、それから地元首長、議会関係者、市民など、多くの方々の出席があり、大変感動いたしました。
その開催地サンパウロの地球の裏側で、ちょうど日本で同じ時期に、麻生総理が東京葛飾の商店街で人気漫画の主人公の銅像の除幕式に出席をされたりとか、あるいは大学生との居酒屋イベントに出席されていると。政局より政策とおっしゃっておられる割にはどうも違うなという世界とのずれといいますか、解散・総選挙を回避してまで本気で政策に取り組んでいるようにはどうも見えないなという指摘をさせていただきたいんですが。
ところが、これは私の方が十分お聞きをする機会がなければならなかったんだと思いますが、設置をして除幕式に至ろうとするときに、その防犯ブザーには、防犯ブザーだけではなく監視カメラがついていたということを私はうかがい知ったわけです。急いで当時のお仕えしていた市長に報告を入れて、本当にいいんですかと。
その慰霊碑そのものは、東京空襲の前日、三月九日に除幕式を行うという報道がありましたけれども、本当にこれらのことを心温まる問題として、民間の人たちが、この前も質問したときに、官房長官は、国民の世論そのものが二分化しているから、もっと国民世論が高まっていかなければ、これらの、例えば国立追悼施設をつくる上においても、やはりそういう面では世論の動向が大切だというような御答弁がありました。