1948-12-23 第4回国会 衆議院 本会議 第21号
今日、政界の混乱並びに國会の審議状況を見るにつけ、特にさきの総選挙以來各政党の集合離散はなはだしく、しかもまた、國会議員にして不淨なる金銭のとりことなつて檢察廳のやつかいになる者続出して、國会の権威地に落ちた今日、これを救うの道は、再び信を國民に問う解散ただ一つなることを信ずるものであります。
今日、政界の混乱並びに國会の審議状況を見るにつけ、特にさきの総選挙以來各政党の集合離散はなはだしく、しかもまた、國会議員にして不淨なる金銭のとりことなつて檢察廳のやつかいになる者続出して、國会の権威地に落ちた今日、これを救うの道は、再び信を國民に問う解散ただ一つなることを信ずるものであります。
○武藤委員長 選挙が済みましてから、五月の初めころだというお話ですけれども、衆議院の副議長室にあなた、一松さん、田中萬逸さん、幣原さん、齋藤さんなどの党首脳部が集まりまして、そこで地崎氏から選挙以來の党の入金、支出その他について報告を受けた、そして党首脳部がこれを了承したという、そういう事実はありましたか。
総選挙以來そうであれば、從つて現在の國会の構成は必らずこれは変えなければならんという結果になると思うのであります。そういう点について、総理大臣は、端的に言うならば、大衆の政治的の意識の水準が非常に高進しておるし、議会の構成はこれに伴つておらない、かように考えられるならば、私は解散をしなければならんと、こう考えるのでありますが、そういう点についての総理大臣の御見解をこの機会に承つて置きたい。
その後イタリアの総選挙が済みまして以來、米ソの関係というものは多少小康を得た形になりまして、イギリスの主導のもとに目下西ヨーロツパの五箇國、イギリス、フランス、オランダ、ベルギー、ルクセンブルグという五箇國の同盟ができまして、これがいろいろ会合を行い、またアメリカの援助を要請しているのでありますが、イタリアの総選挙以來これらの動きもそれほど緊張したものとは見られないで今日に及んでまいつたのであります
○小林英三君 只今の御答弁を聽きますというと、社会党が選挙以來常に天下に公約しておりました國管というものは、この國会に出したものとは全然違うということになりまするが、この國会に出された國管案というものは増産を目的とするものであるということは、今も総理大臣も商工大臣も屡屡述べられております。
またもう一つの、不肖私が大阪へ行くということにつきましては、私は選挙以來まだ大阪に帰つたことがないのでありますが、長い間懸案になつておりました問題を、この機会に処理したいという意味にほかならないのであります。すなわち、日本の産業の中心である大阪における財界人並びに勤労者諸君と親しく語り合う機会をもちたいと思うているに過ぎないのであります。