2002-03-19 第154回国会 衆議院 総務委員会 第6号
それから、西ニューギニアで戦死したお父さんの最期を知りたい、こういうことを願っている六十歳の遺族の方もいらっしゃいました。 今まで子育てやあるいは仕事に追われて半生を過ごしてきましたけれども、いよいよこの時期になりまして、残された日々の生きがいというのが戦争の惨禍の実態あるいは戦没者の実態、これを掘り起こす作業だというふうに向けられているんだなと感じました。
それから、西ニューギニアで戦死したお父さんの最期を知りたい、こういうことを願っている六十歳の遺族の方もいらっしゃいました。 今まで子育てやあるいは仕事に追われて半生を過ごしてきましたけれども、いよいよこの時期になりまして、残された日々の生きがいというのが戦争の惨禍の実態あるいは戦没者の実態、これを掘り起こす作業だというふうに向けられているんだなと感じました。
そのエビを大手商社、例えばS社ですとかあるいはM礼とか、そういうすごい日本の大手中の大手の商社が艦船を仕立てまして、そして昔の西ニューギニア、現在はイリアン・バラットと言っておりますけれども、そこのあたりまで行くわけですよ。ざっと六千五百トンぐらいの船です。その中にはフレオンガスを入れまして、マイナス四十二度になるような、そういう設備をまず持っているわけです、冷凍設備を。
各地域での戦没者は総数二百十二万人を数えるわけですが、そのうち東、西ニューギニアでは十二万七千六百人が亡くなっております。 パプアニューギニア駐日大使は、こう語っております。日本が発展途上国に対する経済及び技術援助をする際、なぜ我が国のような戦場になった国々に特恵的待遇を与えないのか。
もう一つは、私のときは、西ニューギニアあたりの、マライですか、向こうの政府自身がなかなかそれを認めてくれない。それからまた、入っても非常に治安が不備でどうも心配になるというそういう地域でなかなかできない。だから、そこにめどがつけば決してそれを拒否するものではないというお話もわかったんです。
○村岡説明員 ただいまの、厚生省から派遣しました遺骨収集団の心がまえの問題でございますが、現に私も一昨年暮れに西ニューギニアのビアク方面に遺骨収集に参ったわけでありますが、御遺族の気持ち、戦友のお気持ちを体しまして、限られた期間ではございますけれども、誠心誠意、汗をぬぐいまして最大限度の努力をいたしまして、一体も取り残すことのないようにということを念願しつつ、最善の努力をしてきたつもりでございまして
○田原委員 戦前われわれが西ニューギニアと称し、戦後インドネシアが西イリアンと改名いたしましたが、わが国のすぐ隣にある大きな島に暴動が起こって、鎮圧隊を出しているということが、数日来新聞に出ておりますが、その真相について外務省はどの程度把握しておられるか、お伺いしたいと思います。
神戸の西岡さん、この方は、政府の手が行き届かないので、自費でもって二、三人の同志とともに一生懸命に遺骨の収集をされまして、京都の妙心寺の管長山田無文先生に、これが慰霊の法要を行なっていただきたいということを申し出られまして、先生はこの遺族の方々の心情に打たれまして、このことをお約束されまして、去る二月十四日だったと思いますが、無文先生を団長といたしまして、ほかに僧侶二名、それから遺族の方々数名が西ニューギニア
ただ、御承知のとおり、ニューギニア、特に西ニューギニアの地位が非常に複雑な地位でございますので、ただいまのような調査を実施するにつきましては、十分に相手国の了解をとり、不必要な誤解を招かないような準備が必要であろうと存じます。
そうしますと、優秀なものを海外へ送るとか、国際協力とか、きれいなことばもいいけれども、このあふれるような人口をどう世界が受けるか、移住を中心とした外交を開いて、南米はもとより、カナダやアメリカのような技術移民はもとより、東南アジア、ことに東ニューギニア、西ニューギニアなどに対しても、外交の手を伸べなければならぬと思うが、そういう努力ができていない。せっかく官庁はできたが、千人しか送れぬ。
国連が平和維持機構として当初予見されたような機能を十分果たしておりますかどうかということにつきましては、先ほど申しましたように疑問がございますけれども、最近のコンゴ問題の処理にいたしましても西ニューギニアの問題の解決にいたしましても、国連が果たしつつある役割、また、軍縮交渉におきまして国連が鋭意努力しておる役割、さらには、開発十年という計画を掲げまして後進国家援助に国連が果たしつつある役割、そういったものは
それから、ラオスの中立政府の成立、西ニューギニア問題の平和的な解決、これについて国連の暫定事務総長の立場を支持する。それから、経済問題についても、アンザス三国はアジアに対する援助の継続を約束しよう。あるいは日本の援助も歓迎する。そういった共同コミュニケを行ないまして、なお、このアンザスの会議の後に、オーストラリアは南ベトナムに軍事顧問団を送るというような措置をとりました。
その後KLMは日本の拒否のため、アンカレッジに滞在いたしておりましたDC8の乗客八十名を、今度はDC7Cに乗りかえまして羽田経由輸送せんとしているという外電がございましたので、法眼局長は二月十日午前、朝鮮に行っておりましたのですが、帰って参りましたので、フォーフト駐日オランダ大使を招致いたしまして、現在西ニューギニア問題の平和的解決の努力が国連の事務総長を中心としてなされておる際でもありまするし、こういう
しかるところ、ただいまお話のように、この空母が、紛争の地となっております、インドネシア側に言わせれば西イリアン、オランダ側に言わせれば西ニューギニア、こちらへ寄って日本に来るということのために、インドネシア側はどうしてもこれについては困るということであります。
現在御承知のように、西ニューギニアはイリアン問題として、オランダとインドネシアとの間に非常に大きな係争の問題が起っておりますので、従いまして、現在そういう問題を扱いますことは、必ずしも適当ではないと、こう考えております。
西ニューギニアはインドネシアの一部であるという判断が、バンドン会議の決議の中に入っております。日本の沖繩等についても同様の感情、理解がありまして、で中国と台湾の関係についても同様であったと思います。周恩来総理は出席されましたけれども、台湾代表というものは出席しておりません。
たまたまこれと並行して起って参りましたのが、西ニューギニア問題でございます。
今度西ニューギニア方面に参りたいと思っております。これが終りますと、南方関係は、フィリピンを除きますれば、全部完了するわけでございます。あとはシナ大陸だけが残るわけでございます。