2020-04-07 第201回国会 参議院 文教科学委員会 第5号
一致しない面の方が多いんですけれども、私は、萩生田大臣は極めて現実主義を取られているんではないか、リアリズムをしっかりと自分の中に置きながら政策に取り組んでおられると、こういうふうに思うんですね。 そこで、私が大臣に申し上げたいのはどういうことかというと、学校一斉休業からもう既に一か月半近くがたちました。学校再開が望めない地域も出てきました。
一致しない面の方が多いんですけれども、私は、萩生田大臣は極めて現実主義を取られているんではないか、リアリズムをしっかりと自分の中に置きながら政策に取り組んでおられると、こういうふうに思うんですね。 そこで、私が大臣に申し上げたいのはどういうことかというと、学校一斉休業からもう既に一か月半近くがたちました。学校再開が望めない地域も出てきました。
その上で、我が国のこの一見矛盾したような保守思想とリベラリズムというものが、極めて大局観を持った現実主義というものを踏まえて我が国は極めて融合をしてきたというふうに思っております。
そして、その基本は、意図については平和主義を基調とし、能力については現実主義を徹底すべきと考えております。 我が国が保有する能力について議論すべきは、平時においては警察力で対応する脅威から、有事においては核の脅威に至るまで、あらゆる脅威から国民を守るために柔軟な防衛体制をいかに構築するか、そこで必要とされる装備は何かを明確にすることだと考えました。
このような情勢であるからこそ、参議院自民党政審の外交国家ビジョンでは、パネルでお示ししたような、平和主義などの価値を掲げるビジョンポリティクスと現実主義に基づくパワーポリティクス、言わば、この二律背反的な議論ではなくて、この二つを、平和主義と現実主義を統合された新たな外交ビジョンの下、いかにして我が国の主権及び国民の生命と財産を守る外交・安全保障を展開していくのかということを考えなければならないと取
その大きな目的は、冷戦期において、我が国では非常に平和主義と現実主義というのが二律背反のまさに対立論として二分法論的に余りにも議論がされてしまい、我が国の中に非常に建設的なきちんとした外交、安全保障の議論をする素地がなかなか培われなかった。
○武見敬三君 まさに、今の時代状況の中で、現実主義的に我が国が取るべきその方針というのは、まさに御指摘のとおりだろうというふうに思います。
今までのような平和主義と現実主義というものがただ単に対立する概念として議論されてきた時代は終わった、いかにしてこの平和主義と現実主義というものをきちんと共存できる形で外交、安全保障の大きな枠組みをつくり、国民に提示をし、そしてその理解を深めるか、今ぐらいこの課題が重要になってきているところはないと思います。
その上で、この平和主義というものを基調としつつ、現実主義を組み合わせて我が国のこれからの時代状況にしっかりと対峙していく上にも、実は、安倍総理が自民党の総裁として実際に憲法の改正というものを指摘をされて、そしてその中で、憲法の第九条の一項と二項というのに加える形でこの自衛隊の存在というものを明記するということが必要ではないかとおっしゃったことは、私は、この平和主義とそして現実主義というものを今の時代状況
そして、戦後、我が国は長らく、いわゆる平和主義とそれから現実主義と、この二つの大きな系譜の中で安全保障の議論をしてまいりました。それは多分に、平和主義とあるいは現実主義というものがただ単に対立する二分法論的なものでどっちか片方だけしか取れないというような、そうした議論の仕方が戦後日本の中にはずっと蔓延してきました。
現在の戦局、政局にとらわれずに中長期的な戦略の視野から人道支援を中心とした日本ができること、これを現実主義に基づいて行うことというのは、私は、これはもう日本の戦後の一貫した外交の強みとしても、また、その地域がしっかりと最終的には国づくりをするための第一歩としてこれからも引き続き支援をしていくことが、今、日本ができる最大限の貢献だと思っています。
他方で、今度は、我が国の中のもう一つの系譜が現実主義であって、この現実主義というのは、やはり冷戦のさなかにおいて、我が国が主権国家としての立場を守り、国民の生命と財産をしっかりとその現実的な脅威から守るために、当然のこととして現実主義の政策が組み立てられてきた。
それから、相対的な重要性ですけれども、伊豆見先生もおっしゃいましたようにICBMは大変ですので、やはりそこに資源を投入するより、今の金正恩はかなり現実主義者だと私は思っていまして、というのは、使える実質的な能力のもの、シンボリックにそれはアメリカに届けば格好いいですけれども、その能力というのが非常に高過ぎてちょっと手が届かない、そうすると、もうちょっと現実的なものをしっかり使えるようにしましょうということをやっているように
昨日来、トランプ・ショックが日本にも吹き荒れておるわけでありますけれども、石井大臣にまず、事前の通告はしておりませんけれども、アメリカの大統領がトランプ氏に替わるという中で、大統領候補時代の言動がそのまま大統領になってそのとおりいくかどうか、より現実主義的になるのではないかというようなことも言われておりますけれども、より日本の安全保障や経済に、あるいは世界的には保護主義、グローバリズムというようなことに
政治の世界でそれをどう乗り越えるのかということになるわけでありますが、私は、理想主義と現実主義は対立概念ではないという基本的な考え方を持っております。社会を改善するには理想主義と現実主義は車の両輪であるべきである。理想主義者が理想の多元性を自覚をし謙虚になり、現実主義者が現実の惰性を認識して未来に希望を持てば、両者は対立ではなく相互補完になります。
ただし、安井先生おっしゃるように、政治的に非常に難しいことは私もよく、まさに現実主義者ですので分かっておりますので、そこについては、再エネを促進するという国是、これはもう私は国民合意あると思うので、その再エネを促進するための送電投資だとか賦課金の低減だとかということについて、ここは政治と行政が一体となって、私は、地道に地元の住民の方も含めて説得の行脚をし、そしていつか必ず原子力はやめるのであるということも
また、民主、維新統一会派は、現実主義を貫いた、我が国を取り巻く安全保障環境に対する対案も提出をしながら、そしてこれらの法案の一つ一つを丁寧に議論しながら、多くの国民の皆様の理解を得た安全保障政策を進めていく責任が、政府にも、我々国会にもあるんだろうというふうに考えています。
どちらかというと現実主義的な元行政官にすぎません。しかし、私はこう信じています。憲法があるから国家があるのではありません。国家を守るために憲法があるのだと理解しています。 戦争の形態が根本的に変化した二十一世紀、憲法学者はなおまだ古い憲法の解釈に固執をする。しかし、それでもし逆に国が守れなくなっているんだとすれば、それはいかがなものか。
武力行使の範囲が広がる一方で、政治家の現実主義的な判断能力が低下する。このギャップこそが、日本にとっての存立を脅かす事態だと私は憂慮しております。 以上でございます。(拍手)
私は、現実主義、現状を見たい。 いずれにしましても、このお三方の憲法審査会の憲法違反の理由を見ると、全く的外れか、根拠は極めて薄弱である、私はそんなふうに断言をしたいと思います。 以上です。
よって、安全保障問題を考える場合は、我々は徹底した現実主義に立って物事を判断していかなければなりません。我が国周辺を取り巻く環境、安全保障環境というものを十分に踏まえた上で、今後どういった事態が想定をされるのか、このことを十分に踏まえた上で私たちは議論を展開をしていかなければならない、このように思うところでございます。
特に最後のくだりで、こちらから紹介しますと、日中、日韓関係が良好であれば、有事の際に日米同盟はより効果的に運用できる、逆に中国や韓国との間に不必要な摩擦が生ずれば、米国の対日信頼感は薄れ、日米関係がいざというときに機能しなくなる、こうした事態を回避する現実主義的アプローチも忘れてはならないと。至極当然だなと私も理解したところでございます。
総理は、大局的な見地から、安全運転に徹し、村山談話や河野談話の継承を明確にされ、歴史認識問題におけるタカ派的な色彩を抑制して、現実主義的な外交路線を堅持するお考えはありませんか。 安倍総理から、外交防衛問題の取組姿勢についての認識をお示し願います。 TPP交渉参加問題についてお尋ねします。 安倍総理は、日米共同声明を踏まえ、聖域なき関税撤廃が前提ではないとの認識に立ったと表明しておられます。