この事実に至るまでに、当日は大日本愛国党の福岡支部の者が、支部長以下四人、車両一台で県庁周辺で奥田知事批判の街頭宣伝を行っておりました。そこで福岡県警察におきましては、十四人の警察官で愛国党の視察及び議会棟の警戒に当たっておったわけでございます。この四人の者は、街頭宣伝車一台で十時五分ごろから博多駅周辺で街頭宣伝を行っておりまして、そこで県議会の傍聴に参りました。
といいますのは、それぞれの右翼の方もそれぞれ立候補されておる方の、いわゆる大日本愛国党は赤尾敏、その他深作、垂井、こういったいわゆる右翼団体から立候補している人でございまして、東口に歩行者天国の解除の七時を期してこの現場に来たと、そこで右翼を入れないというようなことで聴衆との間でトラブルが起こってきたと、こういうかっこうでございます。
ただ、太田候補の車両に赤尾候補の乗りました大日本愛国党の車三台が接近を図ったので、間へ警察署員が分けて入って事なきを得た、このように聞いている次第でございます。
○加藤(万)委員 いまここに写真を提示をいたしますが、これは大日本愛国党の宣伝カー、赤尾敏候補の宣伝カーと言われております。委員長ちょっとこれを見ていただきたいと思うのですが……。 いま委員長にお示しをしておりますが、二十六番の写真が直前の状態、いわゆる大日本愛国党の候補者カーの、直前の状態です。
○三谷委員 いまお聞かせいただきました団体の中には、写真等で最も暴力行為の先頭に立っております大日本愛国党というのは含まれていないようでありますが、これはどういう事情によるものでしょう。
しかしともかくお伺いしますと、大日本とつくのは、それは大日本愛国党か、そこらくらいのところしか大日本というのはこのごろついておらぬと思うのです。そして大日本水産会の親玉が日ソ漁業交渉についていっておるのは、これはどういう資格で行っておるのですか、お伺いしたいのです。
また、右翼の視察につきましては、右翼が当面最も強い関心を持っております核防条約が今国会で批准される可能性が強まったために、大日本愛国党を含む右翼虞犯者の視察を警視庁としては強化していたわけであります。
○渡邊(次)政府委員 大日本愛国党のことでございますが、同党は、その党員が、昭和三十五年、浅沼社会党委員長刺殺事件、それから三十六年十二月、社会党鈴木訪中使節団長殺人予備事件というようなものを、直前に脱党しておりますが、その党員だった者が暴力事件を起こしておりますし、それから党員の言動が先鋭で過激でございますし、党機関紙にもそういう行動を、破壊活動を容認するような主張が見られますので、それで破壊的団体
ただいま問題になっております大日本愛国党もその一つでございます。ただ、ほかの団体をここで申し上げますことは、その団体の名誉にも関することでございますのでひとつお許し願いたいと思います。
除隊後直ちに大日本愛国党に入党いたしまして、以来現在まで同党の本部党員として活動しておりまして、党内では赤尾総裁に次ぐ実力者と言われております。
経歴は、筆保は岡山県の津山市に生まれまして、津山工業高等学校を卒業後、昭和三十四年三月二十五日に航空自衛隊に入隊、三十七年三月二十四日に空士長で除隊をいたしまして、直ちに大日本愛国党に入党、自後、本部党員として活動をいたしております。
経歴は、筆保は、岡山県の津山市に生まれまして、津山工業高等学校を卒業後、昭和三十四年三月二十五日に航空自衛隊に入隊、三十七年三月二十四日に空士長で除隊をいたしまして、直ちに大日本愛国党に入党、以後本部党員として活動しております。
国民が今度の事件を見てはなはだ警察の警護の点で疑問を持ちますのは、犯人の筆保というのは、社会党の淺沼委員長の暗殺事件その他を起こした狂暴な前歴をもっておる大日本愛国党の書記長であって、本人自身も暴力行為などで検挙歴六十一回とかいう男でありますが、これをなぜ発見できなかったかという点であります。
まず最初に、この大日本愛国党というのは札つきのいわゆる右翼の党であります。そうして、これがことに核防問題について非常に活発な反対運動を起こしておったことは衆人の知っておるところであります。したがって、これは警察の方においても十分その点は承知をして、これらの対策について警備の万全を期しておられたと思います。
なお、事件当日、大日本愛国党本部事務所の捜索をあわせて行ないましたが、証拠資料は発見できない状況でございました。それで現在、引き続きまして、これについての動機並びに背後関係等を追及中でございます。 以上でございます。
そのおもなものとしては、大日本愛国党が三十三名、昭和維新連盟が四十二名、防共挺身隊五十一名、菊水青年同盟五十三名、義和団十八名、日の丸評論社二十九名、日本青年社四十八名、瑞穂会二名、全国学生協議会連合三十五名、その他三十団体、百六十二名ということになっておりまして、総合計でありますが、八十二団体、七百五十三名というのが前橋に出かけていった団体の実数であるというふうに考えております。
○中村説明員 詳細申し上げますと、全日本愛国者団体会議関東協議会、愛国青年連盟、大日本興国青年隊、大日本愛国党、大日本菊水会、昭和維新連盟等八団体でございます。
七番目には大日本愛国党でございます。八番目には大日本愛国青年連盟、九番目が国民同志会、十番目が日本同盟、十一番目が関西護国団、十二番目が日本塾、十三番目が中核派、十四番目が革共同、十五番目が革労協、十六番目が革マル派、こういうことになっております。
御指摘のように、私どものほうでは破防法に基づきまして、過去において暴力主義的破壊活動を行ない、将来もまたそれを行なうおそれがあると認められる団体につきまして、規制を目的に調査しているわけでございますが、そういう団体はたくさんございますので、そのうち、特に危険性が大と認められる団体を、いわゆる日本共産党をはじめ左翼を九団体、それから右翼は大日本愛国党をはじめ七団体、合わせて十六団体、その中にはいろいろな
それから、岡山でございますが、岡山は、三月十二日に中国の経済視察団が岡山駅に到着をいたしまして、プラザホテルという岡山の市内のホテルでございますが、駅からこのホテルに向かいます際に、視察団のバスのうしろからついたりあるいは割り込みをしようとした、これが大日本愛国党岡山県本部の本部長である岡田定見というものの運転する車であったわけでございます。
○宍戸政府委員 日本愛国党の赤尾敏が防衛庁に参りましたときの事実関係を申し上げますと、十一月の二十七日でございますが、午後二時ごろ赤尾敏が数名の者と宣伝カーに乗りまして防衛庁の正門に参りました。そうして長官に会わせろということを言ったわけです。当時正門の守衛に当たっておりました警備係長、いわゆる守衛さんですけれども、正門のとびらを閉じまして中にはすぐ入れなかったわけです。
右翼は、約十一ございまして、大日本愛国党、全アジア反共青年連盟、護国団、治安確立同志会、日本青年連盟、憂国同志会、日本同盟、関西護国団、大日本愛国青年連盟、国民同志会、日本塾、かようなことに相なります。
その中で、かつて私は日本帝国主義の手先であったと深刻な反省をした人であり、そうして日本に帰ってきてから、あれは早く帰国せんがための手段であったという手記をまた書かれた人であり、そうしてまた、昭和三十五年、ハガチー事件の勾留理由開示公判で、裁判官を侮辱したとして、弁護士を監置二十日間という最高刑にして、東京拘置所に拘置した人であり、三十六年二月には、中央公論社の嶋中事件に関連して逮捕された赤尾敏大日本愛国党総裁
○猪俣分科員 最後に法務大臣にお尋ねいたしまして私質問を終わりたいと存じますが、いま公安調査庁の調査目標になっておりまする大日本愛国党ですか、この赤尾敏なる者が、都知事選挙に際しまして、美濃部氏に対して身辺に危険が起こるようなことを公言する、この問題、及び、いま宗像東大教授が報告したように、学者や文化人に対して、とにかく右翼団体と思われる者がいやがらせ、おどし、面会強要、呼び出しを執拗にしておるのみならず
○吉河政府委員 ただいま御質問の大日本愛国党は、破壊活動防止法に基づく調査対象団体として調査を進めております。この団体は、旧建国会の会長であった赤尾敏が総裁となり、反共を標榜いたしまして昭和二十六年十月ごろ結成された、非常に行動性の強い団体でございます。
大日本愛国党という国を愛する政党が破壊活動のこの指定になるというようなことは、名前から見たらあるはずがない。三悪追放というような団体が急拠できた。三悪追放するというのはありがたいこととおっしゃるが、羊頭を掲げて狗肉を売るということはこのことなんです。もっと真剣に政権を持っている者は考えてもらいたい。過般の日韓条約のときは、亀田議員と私は毎日のように殺すという電話で悩まされた。
大日本愛国党の資金関係については、十分なところはまだ解明はできておりませんが、大体機関誌紙代並びに機関誌紙配布の際にいろいろと民間各層から零細な寄付金を得ているような状態でございまして、その資金関係は決して潤沢なものではないように考えております。