2021-04-09 第204回国会 参議院 地方創生及び消費者問題に関する特別委員会 第3号
今委員が御指摘いただきました電気、ガス、水道、郵便、新聞配達などのその事業者においても、先ほど私が言いましたように、支援が必要な方を行政につなぐなど、それぞれの特性に応じた協力が今後ますます広がっていくように、私たちの方としても努力をしてまいりたいというふうに思います。
今委員が御指摘いただきました電気、ガス、水道、郵便、新聞配達などのその事業者においても、先ほど私が言いましたように、支援が必要な方を行政につなぐなど、それぞれの特性に応じた協力が今後ますます広がっていくように、私たちの方としても努力をしてまいりたいというふうに思います。
あるいは、例えば新聞配達ですね。新聞配達の方は、実は新聞で稼いでいるわけではなくて、チラシを幾ら入れるかで稼いでいるんですけれども、このチラシがぱたっととまったんですね。新聞の売上げはほとんど利益が出ないんです。そうすると、売上げは、実はそこは見かけ上結構立ちますので、売上げは半分にはならないんだけれども、利益が全然出なくなってしまっている。それで新聞配達店はとても困っていますよ。
二〇一八年、大阪市、夫が働けなくなり、妻のヤクルト販売と新聞配達、八万円が収入という夫婦。収入が低いからヤクルトの仕事は辞めろという指導がなされました。別の仕事を探しなさいという指導です。これに妻が従わないことを理由に、妻を世帯分離して、妻の分の保護を廃止と。 こういう事例が今次々と相談されているんですよ。数値目標の達成が求められてしまう。
バブルで破産して、今は新聞配達とアパート清掃で暮らしています。七十代の名古屋の男性です。名古屋でも、住宅の二、三割が空き家、つまりローンが払えず夜逃げしている家もあると言われています。生ごみの回収は、昔は自分みたいなおじいさんばっかりだった。少し前から若い青年もするようになり、今は若い、それこそきれいな女の子、親が倒産したらしいですが、もしている。景気なんて全くよくない。
そういう部分で、本当は、新聞配達とか郵便配達とか荷物とか、そういった買物、そういった貨客混載の議論も一体でしていかなきゃいけないのにというような違和感があるんですが、いかがでしょうか。
軽易な業務というのは、例えばポスティングとか新聞配達とか、その他の配達関係もそうですし、荷さばき関係、さらにはコンビニなどの小売店というところでの仕事も含まれているということになります。
○串田委員 このパネルは新聞配達の例でございます。 新聞配達の業界が決して悪いということではなくて、むしろ、奨学金を提供して学生たちを学校に行かせるという、大変社会貢献をしている事業でございますので、その点は最初に前置きをしておきたいと思いますが、この新聞配達の例を見ていただきますと、A君とB君がいるわけです。 A君は、一生懸命走って、そして自転車も一生懸命こいで、新聞を配達しております。
つまり、例えば新聞配達の方は、もう毎日いろいろなところに行っているわけですね、地域を。あるいは新聞配達の集金の方は、それもいろいろなところで集金をされて、宅急便の方もいろいろ行かれている。あるいは生保の営業の方とか、あるいはコンビニでも、もう地域の事情がよくわかる。コンビニはオーナー経営者が多いわけでありますので、非常にきめ細やかに地域のことを日々よくわかっている。当然、個人商店もそうであります。
年金がないので、ずっとガードマンで働いていたんですが、腰を悪くして仕事ができなくなり、貯金もなくなって、生活保護を受けたいと市の自立相談事業の窓口、ほっとシティ東村山といいますが、この窓口に行ったら、生活保護を受けたいと言ったのに、働きたいですかと聞かれて、新聞配達をやってはどうですかと言われたというんですね。本人は、もう腰も痛いし、バイクも乗れないので、できない。
田舎から都会に出て仕事をしましたが、なかなか正社員になれず、非正規の仕事は収入が少なく、毎朝新聞配達もしていました。ある朝、新聞配達の仲間が、出勤してこないことから、首を自宅でつっている彼を発見しました。 借金のことをなぜ相談してくれなかったんだろう、解決方法は幾らでもあったはずなのにと、母親も彼の周りの人も今でも嘆き悲しんでいます。
それでは足りないので、夫、男性の方が新聞配達で働きながら何とか生活をやりくりしている。本当は仕事をしない方がいいんだけれども、医師にとめられているんだけれども、働かないと暮らしが成り立たないという状況にもあります。 あとは、六十代の男性なんかは、厚生年金の金額が十万円に満たないという金額ですので、もうそれだけでは生活していけない。
新聞配達の方が、何日分も新聞がたまっているものだから通報したそうなんですけれども。岐阜県のある住宅でも、いわゆる孤独死の方が発見されました。 全国各地でこのような事例を聞いているんですけれども、大臣のもとにはこういう実態は届いているんでしょうか。
大臣の経歴を見ますと、小学校のときにお父様を交通事故で亡くされて、そして、奨学金で大学に新聞配達しながら通ったというふうに聞いておりまして、私も、小学生のときに父が家からいなくなってしまって、ほぼ母子家庭のような形で子供時代育ってきたので、非常に共感するところもあって、非常に期待をしているので、ぜひ、そういうことも考えて御答弁をいただきたいと思います。
これは、何かいけるなというようなことがありましたが、なかなか資金がついていかなくて、私もその当時は、隣の横石社長のように、朝の新聞配達とかいろいろやりながら運営を立ち上げてきたわけなんですけれども、協力者が日を追うごとにすごくふえてきまして、三年後には会員数が五、六百人ぐらいになりまして、ちょっと大世帯になりかけてきたんです。
私は、どうしても、さっきの冒頭の話ではありませんけれども、私のように苦学生で、大学で、新聞配達したりそういう中で学んで、やはり教員になりたいと。私だって、当然苦しくて、途中で教職を投げ出しちゃおうかと思いましたよ。ただ、やはりそういう中で教員を目指した人が、毎年十八万人受験して、それで三万人しか採用されない、そういう事態だけは打開したい。
私も、高校、大学は新聞配達をしていまして、大学は新聞奨学生で入学金も借りて通っていたものですから、非常に、大臣のこれまでの生い立ちといいますか、人間的な幅広さというのも改めて痛感したところです。私の秘書にも、過去の同僚の教員の仲間にも幅広く推奨しまして、多く読んでいただきました。本当に、こういう思いで、大臣が、歴史に名を連ねる文部科学大臣として頑張っていただければと思います。
大臣がこの六月に出版された御本「九歳で突然父を亡くし新聞配達少年から文科大臣に 教育を変える挑戦」、この第八章に「教育立国のグランドデザインを描く」という章がありまして、全く同じ表現で二〇二〇年のビジョン、そして二〇三〇年のビジョンというものが出てまいります。
別の話で、新聞配達に出た方は助かったという話がございました。
そんなことはない、今は毎日、不登校になったりいじめられたり、つらい思いをしている、そういう子供たちに、例えば文部科学大臣というのは、順風満帆の中、人生恵まれてなっているんだろうというイメージがあるんですけれども、そうではなくて、私も九歳のときに父が交通事故で亡くなって、極貧の中から、新聞配達をしたり、いろいろな苦労があった中で今があるということで、赤裸々な、一〇〇%全部事実でありますけれども、それを
現に、郵便と競合するはずの民営企業では、宅配便の一部や冬場の山奥の新聞配達などがコストに合わないからということで郵便局にこれ依頼をしてくる、こういう委託を受けているという状況も現実に存在をします。そういう営利による差別であるとか採算主義を取らないというのが郵便事業のユニバーサルサービスだと。そのことを、自らちゃんと稼いでいく、こういうことだったと思うんです。