2021-04-14 第204回国会 衆議院 文部科学委員会 第10号
やはり彫刻刀とかも、使うかもしれないですけれども、年がら年中使わないですよ。学校で一定数持っていたら、もちろん今はコロナがあるので、シェアすることに対していろいろあるかもしれないですけれども、学校で一定数保持していれば、それを必要なときに使っていく。最低限のメンテナンスは子供たちでできますよ。
やはり彫刻刀とかも、使うかもしれないですけれども、年がら年中使わないですよ。学校で一定数持っていたら、もちろん今はコロナがあるので、シェアすることに対していろいろあるかもしれないですけれども、学校で一定数保持していれば、それを必要なときに使っていく。最低限のメンテナンスは子供たちでできますよ。
三月ということもございまして、教科によっては作品は既に完成しているといったケースも考えられるところでございますけれども、御指摘のように、このたびの学校の臨時休業に伴いまして、美術科や技術・家庭科等の授業におきまして、絵画や彫刻、衣食住や技術にかかわります作品が完成していないなどといった状況が発生する場合も想定されるところでございます。
また、著名な彫刻家がこの建設プロジェクトにかかわりまして、五十年を経た今も、イサム・ノグチのものですとか、さまざまなそういった芸術作品も残されております。 しかし、なかなか資金難で建設が頓挫をしたり、また、建設されたものも老朽化をしております。地元からも施設の老朽化の声が寄せられております。 私も、この一月、視察に行ってまいりました。
それから、日本銀行券に係る肖像につきましては、これは偽造防止の観点からなるべく精密なものをつくるということで、聖徳太子というようなものでは写真があったわけではありませんし、そういった意味では、きちんと精密な写真ができること、それから肖像とか彫刻の観点から品格のある、お札にふさわしい肖像であること、また、肖像の人物が国民各層に広く知られていて、その業績が広く認められていることといった観点を踏まえて、明治以降
日本銀行券に採用いたします肖像につきましては、近年の改刷におきまして、まず、偽造防止の観点からなるべく精密な写真を入手できること、加えまして、肖像彫刻の観点から見て品格のあるお札にふさわしい肖像であること、さらに、肖像の人物が国民各層に広く知られており、その業績が広く認められていることといった観点を踏まえまして、明治以降の人物から採用いたしております。
もう一つは、私も平和外交ということをいつも唱えておりますが、長崎の平和の像ですね、あれはモデルが、長崎出身の彫刻家ですかね、北村西望さんという方が、いろいろ違うとか本当だとかとありますが、私が見る限り、どう見てもあれは力道山がモデルだと思っております。 そんな中で、もう一度申し上げますが、スポーツ外交、韓国とも、あるいは北朝鮮とももっとスポーツ交流を広げていければと思います。
かつては、オリンピックには芸術競技というのがあったぐらいでありまして、この芸術競技というのは、絵画とかあるいは彫刻とかそういうものを採点する競技があったわけでありまして、実は、クーベルタン男爵の基本的な考え方というのは、要するに、スポーツと文化と教育というものを融合させるということがクーベルタン男爵の基本的な考え方。
しかし、これだけ海外で評価されているんですけど、なかなか肝腎の日本では、海外の作品、絵画とか彫刻とか、そういったものを国費で博物館で展示していこうということには誰も満場一致で納得なのに、いざ日本の漫画をそうしていこうとなると、何で漫画なんかにお金使うんだと言われてしまう、日本の文化なのに何か冷たいなというふうな風がまだまだあるなというふうに感じています。 江戸時代、あったじゃないですか。
美術工芸の大学では、彼女は木造の彫刻とか漆塗りの技術を学んだということで、そのスキルを生かして、木でできたなまはげのお面を町内行事のイベント向けに提供したりとか、なまはげがデザインされた米袋があるんですけれども、お米が入った形で、その米袋を地元の観光案内所で販売するなどして、なまはげを活用した町おこしに力を入れていらっしゃいます。
それで、中で言われているのが、建造物や絵画、彫刻などの有形文化財、演劇や工芸技術などの無形文化財、史跡や天然記念物などの文化財を統一的に保護しようと、そしてその修理や維持に国庫支出を認めるなどの内容を盛り込むとして作られたと記されているわけで、つまりこの法律は、第三条にあるように、我が国の歴史、文化等の理解のために欠かせない文化財の保護と維持、保全を何よりも重視して作られたものなわけです。
していた芸術教育の所管を文化庁に移管するということになっておりますが、この移管による具体的な効果はどのように考えておられるのかということもお聞きしたいと思いまして、文化人、芸術家などを学校に紹介して授業を行ったりするというふうにも聞いておりますし、それ以外に、例えば優秀な生徒に日展などの芸術公募展への出展の推進なども考えられるのではないかなと思いまして、日展というのは、一科が日本画、二科が洋画、三科が彫刻
このことは、アメリカの公文書館にそうした何か彫刻の像があって、そうした言葉が刻まれていると思うんですが、引き続き、またこの問題を取り上げてまいりたいと思います。 本日はありがとうございました。
クラスで私一人だけ音楽の笛の色が違ったり、文房具を買う時期がそれぞれの学校で違いますから、裁縫箱を持っていなかったり、彫刻刀のセットを持っていなかったり、そういうことでありました。裁縫用具は、母親の裁縫箱から使うものを菓子箱に入れて学校に持ってまいりました。 二年ぐらいたってやっと親友ができると、また転校であります。人間関係をゼロからつくり直す、そういう日々でありました。
それぞれ皆さん、過去の記憶ってあると思いますし、その年々がどういうような形だったかわかりませんが、例えば小学校、これもある方の投稿ですけれども、小学校に入って、一年生でまずハーモニカ六千円、二年生になって絵の具セット四千円、四年生になって彫刻刀セット三千円、五年生になって裁縫セット三千円、一つはこういう形ですね。あとは、校外学習、林間学校の積立て、ドリルや副教材。
絵画で、例えば美大を受験するのに、あなたは日本画を描いていますから彫刻の試験は免除しますみたいなことになりますか。そうはならないでしょう、だって制度が違うんだから。だから、何でそうなっているんですか。川上さん、どうですか。
先生御存じだろうと思いますけれども、皆さん方も御存じだろうと思うけれども、田舎へ行きますと象牙を、さっき榛葉先生もおっしゃいましたけど、床の間に飾っていらっしゃいます、全形牙を彫刻を施して。だから、そういう方々に、その象牙というものに対しては国際的な目が非常に厳しくなっていますよということをまずは分かっていただくと。 業者の方々はお分かりです、自らの業に関わる話ですから。
それから、加工象牙、これは彫刻が施されたものだということなんですね。つまり、その象牙から製品を更に製造することができるような象牙製品の材料と見られるようなものは広く未加工象牙というふうに認識をされ、それから、深く彫刻が彫られるなどして、そういう材料になりにくいもの、これは加工象牙というふうに分類される。ごく限られているわけですね、加工象牙の方が。
我が国には象牙に彫刻や着色を施す伝統的な工芸分野がありまして、その優れた表現力や精巧さは世界中で高い評価を受けてまいりました。よくストラップみたく使う根付けが有名であります。 ただ、時代を遡れば、室町時代に足利将軍家が創出した東山文化において確立された書画を装丁する表装文化の分野においても、象牙というのは軸首と言われるおもしの部分なんかに使われるようになってまいりました。
だから、もっともっと美術というのは、当然、小学校の中で彫刻刀を彫りましょうとか基本的な美術の勉強をしましょうという授業はあってもいいと思うんですけれども、それだけじゃなくて、もっと地域の中でアートの本来の魅力を体験できるような時間は、仕掛けは必要なのかなとは思います。
それこそ、小さな鉢の中に壮大な自然の景色をつくり出す芸術作品、静的な絵画や彫刻などとは違い、四季を通して、自然が織りなす美しい変化や生命の鼓動を感じることができる盆栽、私はやはり、ぜひ世界に広めていかなければならないのではないかと強く痛感をいたしました。
そこから上がってこないと、多分、彫刻の方を日本画の方が推薦したりすることというのは余りないわけであって、事実上、物すごく狭いところ、現在の会員、細分化された各分野でいくと、三人とか四人とか五人ぐらいだと思います。それぐらいの方に好かれないとその分野で日本芸術院会員になっていけないという状況は、私はおかしいというふうに思いますので、この件、よろしくお願いを申し上げます。