2019-03-06 第198回国会 参議院 予算委員会 第5号
日露戦争が始まってから、九月です、半年後に詠まれた歌でございますけれども、安倍総理が言っているその明治天皇ですね、「しきしまの大和心のをゝしさはことある時ぞあらはれにける」。国民が一致団結、困難を乗り越えてきたと言っているんですけれども、日露戦争の当時にも、与謝野晶子の歌を含め、戦争についていろんな国民の思い、感情があったのではないですか。
日露戦争が始まってから、九月です、半年後に詠まれた歌でございますけれども、安倍総理が言っているその明治天皇ですね、「しきしまの大和心のをゝしさはことある時ぞあらはれにける」。国民が一致団結、困難を乗り越えてきたと言っているんですけれども、日露戦争の当時にも、与謝野晶子の歌を含め、戦争についていろんな国民の思い、感情があったのではないですか。
一月二十八日の施政方針演説で安倍総理は、今フリップ出しますけれども、明治天皇が、一九〇四年の、日露戦争が始まったんです、日露戦争に際して明治天皇が詠んだ歌、「しきしまの大和心のをゝしさはことある時ぞあらはれにける」という歌を施政方針演説の中でこのとおり読み上げました。 それに続いて、会議録を読み上げますが、「明治、大正、昭和、平成。日本人は幾度となく大きな困難に直面した。
「しきしまの大和心のをゝしさはことある時ぞあらはれにける」。 明治、大正、昭和、平成。日本人は幾度となく大きな困難に直面した。しかし、そのたびに、大きな底力を発揮し、人々が助け合い、力を合わせることで乗り越えてきました。 急速に進む少子高齢化、激動する国際情勢。今を生きる私たちもまた、立ち向かわなければならない。
「しきしまの 大和心のをゝしさは ことある時ぞ あらはれにける」 明治、大正、昭和、平成。日本人は幾度となく大きな困難に直面した。しかし、そのたびに、大きな底力を発揮し、人々が助け合い、力を合わせることで乗り越えてきました。 急速に進む少子高齢化、激動する国際情勢。今を生きる私たちもまた、立ち向かわなければならない。
元海上保安官がやむにやまれぬ大和心でビデオをユーチューブに一部投稿いたしましたが、参議院の予算委員会の理事たちは全部を見ました。これは全部を公開すべきだと。更に明らかになる事実が自分たちだけで理解しているのでは駄目だというようなことを言っておりましたけれども、政府としては動画を全て公開すべきではありませんか。
例えば、大和心のように、桜の花にさえ例えられた気高い精神が大和魂という悪名の下、否定されたこと、また軍国主義のシンボルのように言われた教育勅語でさえ大部分は人の道を説いておりまして、一体どこがいけないのか。このようなぬれぎぬと冤罪をそのままほうっておくことは先人たちに申し訳ないことであり、この際ぬれぎぬを晴らし、古き良き日本文化の名誉回復を図ることが必要で大事なことです。
敷島の大和心を人問はば朝日ににほふ山桜花 花をのみ待つらん人に山里の雪間の草の春を見せばや あしひきの山川の瀬の響るなべに弓月が嶽に雲立ち渡る 大臣、御所見をお伺いしたい。
日本人として、外国に行ったときに堂々と日本の大和心、あえてもう一遍言いますけれども、 敷島の大和心を人問はば朝日ににほふ山桜花 こういう魂でもって外交に当たっていただきたい。そういうことを思う庶民として、おかしいよ、本当に、文科省の真髄のことが。何か大臣、ありませんか。僕はおかしいと思いますよ、文科省の底流にある思想。何かあったら一言答えていただければと思います。
あるいは「敷島の大和心を人問はば朝日に匂う山桜花」、これは本居宣長です。 やはり四季折々の風情であったり風土、こういうものに根差した日本の文化、精神文化、これをもう一回見直すことが、我が国国民がもう一回幸せを取り戻して、そして、とりもなおさずそれがその瞬間に世界の人類のために貢献できるのだということを私は強く思っておりまして、そういうことを最後に申し上げたいと思うのです。
戦後、日本は歴史と伝統を否定する自虐史観に支配され、肝腎の日本人自身が、人類を救う普遍的価値である日本精神=大和心を忘れてしまいました。とんでもないことです。いまこそ大和心を発揮し、世界で最も信頼され、尊敬される国として、人類社会の指導国家として、立ち上がってもらわなければ、人類は生存の羅針盤を失いかねないのです。 台湾の元総統が言っている言葉であります。
ゴランハイツや東ティモールに我々を代表して隊員諸兄姉が行ってもらっているというので、こういう千二、三百年前の優しい大和心を持った人たちが行けば、必ずや異郷の地でも十二分な活躍をしてくれるものだ、私は、こう信じて疑わないわけであります。無事息災に戻ってきてほしい、これを祈りながら、私自身、旭川と小牧で彼らの勇姿を見送ったわけでもありました。
例の、本居宣長が「敷島の大和心を人問わば朝日ににおう山桜花」、こう歌っておりますが、そういうものに接するときに、やはり日本人でよかった、日本の国がもっともっと豊かであってもらいたいという思い、それはやはり愛国心のあらわれだろう、こう思っておりまして、今の子供、たまたまああいうワールドカップサッカーがあってそういう思いに目覚めたというのは非常にいいことなんですが、そういうものに導いてやる、これは大人の
そういう日本人が持っていた心といいますか、本居宣長は「敷島の大和心を人問わば朝日ににおう山桜花」と言いましたけれども、その心というものを実は我々は失ってしまったんです、特に高度経済成長とともにみんなが豊かさ、便利さ、快適さに突っ走ってしまって、そういう文化を貫いていた心をですね。
「敷島の大和心を人問はば 朝日に匂ふ山桜花」、ずばりと言っているじゃないですか。その短い歌の中に日本人の心をうたっているじゃないですか。歌挙げしているのです。私は、古代の日本人のようなもっと屈託なく、さっき田中寿美子さんと女流歌人の額田王の話をしたけれども、ああいう屈託のない女性は世界には少ない。
どうぞ「敷島の大和心を人間はば 朝日に匂ふ山桜花」と本居宣長が歌ったように、桜も若葉も一緒に太陽の光に向かって開いていくような、あのみごとな風情を外交の中に生かすのは、やはり私はいまの総理大臣といまの外務大臣というのは相当の苦労人で絶好のチャンスを迎えて、その絶好のチャンスに人類のために死をいとわない武器なき戦いのときに、政治家が万民にかわって命を捨ててかからなければ世界の新しい秩序なんかは生まれてこない
私は、日本の桜の名歌としては本居宣長先生の「敷島の大和心を人間はば 朝日に匂ふ山桜花」、これが一番桜の心を歌った名歌と思います。また、いまのようなあらしの時代に日本のデモクラシーの父、尾崎行雄さんは「花の下手綱緩めてめで行けば 世の波風もあらじとぞ思ふ」というふうに歌っております。これもりっぱです。大正の官僚、軍閥の専制政治の間違いを打破するために尾崎さんは護憲運動の先駆者となりました。
我々(報国青年隊)隊員はかしわ手を打つことによって大和心に触れ、大和心を体験することに努めているのだ。」、このように述べて、いわゆる反日的な友達に対して一生懸命言いわけをしている若い学生のせりふがございます。
そういう意味において、私は本居宣長が、「敷島の大和心を人間はば 朝日に匂ふ山櫻花」と歌っているのは、花だけじゃないんですよ。山桜というのは花と一緒に浅緑の葉が出てくるんです。あそこへ朝日がぱっと来たところはすばらしく美しいと、変なぎこちない武士道を歌っているんじゃないんです。おおらかな雅やかな心を歌っているんです、歌の中に心ありで。
これは私はどちらかというと、日本の歴史は平和主義の民族、その民族にふさわしいいわゆる大和心、大和精神というものが実はあるのじゃないかと思っております。これは私の理解でありますし、私どもがその精神をもっとさらに拡大していくようにしたいものだと、かように思っております。 ただ、いろいろアメリカを批判しながら、そこで問題になりますのは、民主主義による社会主義ということばを言われました。