運営者 Bitlet 姉妹サービス
使い方 FAQ このサイトについて | login
33件の議事録が該当しました。

該当会議一覧(1会議3発言まで表示)

  • 1
  • 2

1975-06-25 第75回国会 衆議院 石炭対策特別委員会 第8号

この二年につきましては、当時三池災害あるいは他の炭鉱災害経験から、東大精神科内村先生あるいは北大の諏訪先生、九大の黒岩先生等専門家の御意見を拝聴して、およそ二年間、健診義務を課せば、異常者の発見が可能であるというような御意見をいただきまして、規定されたというふうに承知しております。したがいまして現在のところ、この健康診断の期間について適正なものと考えておるわけでございます。  

山口全

1975-06-17 第75回国会 参議院 農林水産委員会 第14号

昔の小作というのは内村先生は御存じないかもしれませんが、私たちは年代が古いからよく知っている。これは地主さんの言うとおりですよ。どこへ持って行くといったら、その倉庫に持って行かなければならない。それ以上です、これは。そういう漁業協力なんというようなものがあるかというのです。

鶴園哲夫

1971-03-25 第65回国会 参議院 逓信委員会 第8号

の担当している主たる番組は「ふるさとの歌まつり」でして、これはその地域地域聴取者が中心となって地方色を豊かにしていく番組でございますので、そういう意味では、宮田君のその地域に、地方に参りましての話しことばが、NHKが大体きめている、長年研究の結果きめている話しことばと多少ニュアンスが変わってくることもあり得るかというように私は考えますし、まあ、ことばからくる官僚性という点については、むしろ私も内村先生

前田義徳

1971-03-25 第65回国会 参議院 逓信委員会 第8号

そこを私は内村先生がついたのだと思うのです。せんだってもある司会者が−船頭というのがありますね、船で川を渡っていく船頭ですね。これをわれわれは普通船頭と、こう言う。これを「セン」にアクセントをおいて「センドウ」さんと、船頭さんと「センドウ」さん、発音のしかたですけれども、女のアナウンサーでしたけれども、「センドウ」さん、こういうふうに使っておりました。

鈴木強

1968-03-01 第58回国会 衆議院 社会労働委員会 第2号

しかし考えてみますと、当時私が入学しました北海道の内村先生の教室は、医局員が八人でございまして、ほんとうに自由に六年間勉強したのですが、もうそういう歴史を戻すことはできないと思うのです。私が東京大学におりましたときには、医局員は百四十名ぐらいで、その中には一週間に一ぺんか二へんしか勉強に来ないという諸君もおりました。ほうとうに働いてくれる人は助手の数が十二人で、それですべてをまかなう。

秋元波留夫

1966-11-09 第52回国会 衆議院 社会労働委員会 第3号

○河野(正)委員 その三池医療委員会が非常に権威あるものというふうにいわれておるのですが、それは内村先生あるいは沖中先生が所属されておるということだろうと思うのです。それならば、この内村先生、沖先生は実際にどの程度患者に接触されておりますか、その間の事情をひとつお答えいただきたい。

河野正

1966-11-08 第52回国会 参議院 社会労働委員会 閉会後第4号

小柳勇君 私は、大臣が方々で言われる、内村先生、沖先生に判断をしていただいたのだから、もうこれ以上労働省としては手はございませんと言われることばは、ただいまの証言によって撤回してもらいたいと思うのです。そういうことで、これはごまかしですよ。病人対医者との関係は一対一ですよ。そのために医者自分でちゃんと、どんなに御老体でも聴診器自分でもって診察される。

小柳勇

1966-11-08 第52回国会 参議院 社会労働委員会 閉会後第4号

今回の医学的所見の基礎になりましたものは、二十数項目にわたる精密な検診の結果でありますが、内村先生などが患者診察をしたことがあるかどうかということでございますが、内村先生患者の型と申しますか、幾つかのタイプがございますが、そういった特有の型の種別に応じまして、もちろん全部ではございませんけれども、そういった患者について診察をされた事実はございます。

村上茂利

1962-04-03 第40回国会 参議院 オリンピック準備促進特別委員会 第5号

だが、内村先生お話に、あすこにある家のうち何戸移転するかというようなことを見きわめをつけてまとめるべきだ、こういう御趣旨の御発言と拝聴いたしましたが、この点につきましては、私今申しますとおり、なるべく両院の御意見でありますから、全部を移転できることを目標にして、従来は少なくも私は努力をいたして参ったのであります。そのうち何戸移転すればいいといったようなことでなく私は進んで参ったわけであります。

小平久雄

1962-03-15 第40回国会 参議院 建設委員会 第15号

政府委員前田光嘉君) ただいま内村先生から御質問の第一点嘆阪神高速道路の計画につきまして、将来の交通量の増加についてどういう考慮をしているか、一応四車線であるけれども必要に応じてあるいはそれをさらに拡幅、あるいはさらにそれ以上にも使えるような方法を考慮したらいいじゃないかという御質問でありますが、全く同感でございまして、道路はやはり交通の量に即応したものでなければなならないと思います。

前田光嘉

1962-03-13 第40回国会 参議院 建設委員会 第14号

政府委員前田光嘉君) 目下検討中でございますが、まあ建築の実際から見まして、二千平方メートル以下のような小さい建築物に附置を義務化することは、これは内村先生先ほどおっしゃっておりましたように、かえって交通の面から見て支障を起こすおそれもありますし、また一面、建築経済上の不経済な面もございますので、その程度の前後において認めるべきではないかと思っております。

前田光嘉

1962-02-28 第40回国会 参議院 オリンピック準備促進特別委員会 第3号

参考人(靱勉君) 内村先生の御意見、私ども実は全く同感でございまして、例の十円募金というのをやったのでございますが、これは十円募金なんてみみっちいという御批判もあったのでございますが、私どもとしては、やはり全国民のひとつ御支持を得たいということで、まあ羽は共同募金でやっておりますので、これは考えまして、シールを出しましてやったわけでございますが、これはいろいろ皆さんの御意見、たとえば共同募金をやられておる

靱勉

1962-01-30 第40回国会 参議院 建設委員会 第3号

政府委員鬼丸勝之君) 先ほど内村先生からの資料の御要求でございますが、四日までという御注文でございますけれども、内容によりましては、相当これ膨大な資料になりますから、できるだけ急がせますけれども、また御注文に沿い得るように努力いたしますが、あるいは四日まではむずかしいかと思いますが、御了承をいただきたいと思います。

鬼丸勝之

1961-08-01 第38回国会 参議院 建設委員会 閉会後第2号

この土工事は、滑走路誘導路、エプロン、大体この三つに分かれておるわけでございますが、これが、先ほど内村先生がおっしゃいましたように、三十六年度に完成いたします。で、なお管制施設あるいは保安通信施設というふうなものが三十七年度に完成する予定になっておりまして、従来のローカル空港の建設の態様とほぼ同じでございます。

今井栄文

1960-03-03 第34回国会 参議院 建設委員会 第9号

安田敏雄君 今、内村先生の御質問に関連して、玖珠川と大山川の流量は、先生質問では、玖珠川の方が流量が多いのだ、御答弁の中では大体同じ流量だと、こう言いますが、下流の合流点がありますが、この地点でもって、大体、両河川の流量は、どれくらいになっているか、数字を示していただきたいと思います。  

安田敏雄

  • 1
  • 2