2021-03-30 第204回国会 参議院 総務委員会 第9号
縁はそれで終わりかなというふうに思ったんですけれども、実は平成の二十二年の十二月にNHKの「ニュースウオッチ9」で九分間の特集番組を組んでいただきまして、そのときにNHKが、その編集の中で驚異の体育授業というふうにテロップに書いていただいたことが大きな反響を呼んで、あのNHKがというような形で、そういうふうなことはありました。
縁はそれで終わりかなというふうに思ったんですけれども、実は平成の二十二年の十二月にNHKの「ニュースウオッチ9」で九分間の特集番組を組んでいただきまして、そのときにNHKが、その編集の中で驚異の体育授業というふうにテロップに書いていただいたことが大きな反響を呼んで、あのNHKがというような形で、そういうふうなことはありました。
一昨年、二〇一七年十二月には、普天間第二小学校に米軍ヘリの窓が体育授業中の児童の間に落下し、上空飛行禁止を学校側が求めても守られず、沖縄防衛局から職員が配置されて、半年で七百回も米軍機が近づくたびに避難を繰り返しました。ついに、米軍機飛来に対処するシェルターまで建設されました。普天間飛行場の危険性除去どころか、危険性の積み増しが進んでいる状況です。
その中で、昨年十二月十三日の普天間第二小学校校庭での児童への体育授業中の米軍ヘリの窓落下と、六日前の緑ケ丘保育園の部品落下が起きているのではありませんか。お二人に。日米合意というのは皆さんの、合同委員会合意ですから、両方とも責任があると思います。
そして三つ目として、やはり小さいときからスポーツに親しむことが非常に大切でありまして、学校教育で障害児が体育授業を受けられるような、そういう環境整備というのが必要かと思います。 以上のベースとなるのは、やはり、国民の障害者スポーツ、ひいては障害者に対する啓発だというふうに思っております。
幅広くスポーツ行政を文科省に一元化することでさらに期待しておりますことは、学校教育における障害者スポーツの理解促進、先ほど申しましたけれども、障害児の体育授業への参加促進、そして、体育大学や大学の体育学部での障害者スポーツ学科の開設等、障害者スポーツの振興に対する教育面の施策の推進でございます。
でも、いい体育授業ができますことを心より願っております。 では、中学校の体育から、今度は秋入学、大学生に移りたいと思います。 東京大学は、学部の入学時期を春から秋に全面的に移行し、グローバルリーダーを育成する旨の提言を発表いたしました。
そこで、十八機の換気扇を設置しているわけですけれども、全く効果が低くて、夏場はもう蒸しぶろ同然の高温になりまして、過酷な条件で体育授業を余儀なくされているという実態にあるわけです。 ですから、現場の学校長と担当部局は、子供たちの学校生活を第一に考えて、一日も早く新しい空調設備にかえて授業環境を改善したい、こう言っているわけです。
「その六」では、「最低のプライバシーもなし」、これでは体育授業のための着がえを教室で男女が一緒に行っている、また校庭で女子が着がえをしているなどなどあります。
体育館あるいは体育教官室は約五百人の被災者が寝泊まりをしていらっしゃるという状況で、体育授業は思うに任せません。食堂や和室は診療所に使われている。医療ボランティアの宿舎にも使われている。中庭は住民の駐車場と仮設トイレ、仮設ふろ、あるいは炊き出しの施設でいっぱいでありまして、自転車置き場は生徒の自転車ではなくて住民の自転車や単車でいっぱい、こういう状況でございます。
この点についてきょう文部省の対応をお伺いするわけでございますが、大臣もこういったケースは余りお耳にされたことがないと思いますので簡単に申し上げますと、エホバの神以外に崇拝する対象があってはならないというのが教えの基本でございまして、そのために、体育授業の格闘技、例えば柔道の時間には参加を拒否しているということ。
そして黒神小学校では恒久的な上屋がその倍、千二百数十万ということであったんですが、今勝木先生からも質問がありましたけれども、これを全校に当然つけるということも進めながら、ただ単にあのようなものでなくて、特に桜島の方においては黒神小学校初めあちらの学校においては恒久的な施設でありますから、これを通年利用できる、もう一歩進めて温水プール化をして外で体育ができない場合にこのプールを利用して子供さんたちの体育授業
お手元の資料にありますように、記録的な降灰をもたらしました去る六月二日から八日の七日間で、降灰による交通事故十四件、体育授業の支障、小中学校二十五校、また降灰一降りで約二万トンという水の消費量から、かさむ水道料に主婦は悲鳴を上げております。また商店街は、客足が途絶見るばかりでなく、商品が傷み、まさに開店休業、パニック状態となりました。
東京都の荒川区の六中という中学校で、昭和四十四年十一月十四日、当時中学校二年生であった沢谷由美子さんという人が、女子の体育授業中、ハードルテストを実施中、危険防止のためそのハードルの高さを十五センチメートル下げて六十センチとし、また、ハードルの間隔も六・五メートルとして、そうして授業をやったところ、第一ハードルを越えて、第二ハードルを越えようとした際、足をつく前に頭部から落ちて死亡したという事故がありました
記者さんが、これは一体学科ですかと聞いたらば、鈴木誠雄高等部第一科部長の話では、「マラソンはこの研修の体育授業の一つとして一日行なわれ、」というふうに言っておるわけですね。郵政省は、たまたまそういうことをやっておるのだ、しょっちゅう授業時間のうちに入っていないというような説明をしたけれども、この鈴木さんは私がお会いしたときにちゃんと言っている。体育の時間、訓練です。これは死んでしまったわけですよ。
事故発生の状況を申し上げますと、昭和四十年五月二十八日、五年生の堀川としゆきという学童が、体育授業が済んだので教室に帰る途中、その講堂の出口で床板がめり込んで右足の指をその間隙にはさんだ。で、直ちに入院したところ、指一本を骨折したために切断のやむなきに至ったという非常に気の毒な内容のものであります。