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319件の議事録が該当しました。

該当会議一覧(1会議3発言まで表示)

1993-05-20 第126回国会 参議院 地方行政委員会 第9号

その前に、奥野財政局長佐藤大蔵大臣と会った際に、どうしても地方財政は困る、だから配慮をしてくれということを言いましたら、佐藤大蔵大臣は怒りまして、私その場にいたんですが、そんな偉そうなことは国会議員になってから言え、生意気だと、こう言いましたが、奥野先生はひるまずに堂々と反論をしたんです。  それで、いよいよ大蔵大臣自治庁長官の折衝のときに愛知さんが悩んだんですよ。

村田敬次郎

1983-03-09 第98回国会 参議院 予算委員会 第2号

○国務大臣(竹下登君) 確かに、いまかつての経験を通じての数字のことをおっしゃいましたが、私が国会に出ましたときに、佐藤大蔵大臣のときでございますが、「イッチョウヨイクニ」という予算を覚えておけと、一兆四千百九十二億、その孫弟子が今日「ゴジュッチョーミンナデクロウ」と、こういうようなことですから、大変に膨脹したものだなあと思います。

竹下登

1979-02-21 第87回国会 衆議院 大蔵委員会 第5号

それを受けて私が、それならば、老人が所得があった場合に老人の一定の控除がある、若い人がやったときにもそれもまた控除がある、しかしながら、老人を家族として養っている場合の扶養親族としての場合には何のことも考えられていないのはおかしいではないか、むしろこれをお考えになって、税法でもそのめんどうを見て、当時の佐藤大蔵大臣が言っているような、日本的な家庭をもう一遍再建するための工夫をしたらどうでしょうということをぼくが

竹本孫一

1976-04-27 第77回国会 参議院 予算委員会 第5号

それから第一次FX戦、これは伊能防衛庁長官、当時の方がいろんな圧力が佐藤大蔵大臣その他からあったということを証言していますが、すでに十八年たっているわけですね。こういう過去の問題について不遡及、これは当然のことですが、今後の問題として、たとえば刑法改正でなしに、政治浄化に関する刑事訴訟法特例措置、こういうものを今後の問題として設けるということで解決できませんか。

上田耕一郎

1971-09-02 第66回国会 参議院 大蔵委員会 閉会後第1号

十三年前、昭和三十三年にB円ドルに切りかえた際は、向こうアメリカ日本政府に了解を求めたと伝えられておりますけれども、そのとき同意を与えたのは、当時の佐藤大蔵大臣であったと、このようにも言われております。こういう現状において、投機がないように十分留意しながら、やはり円・ドル交換をこの際政府アメリカに強く要求すべきである、このように思います。

多田省吾

1969-07-04 第61回国会 衆議院 大蔵委員会 第44号

そうすると、一番初めの佐藤大蔵大臣答弁、それから参議院の内閣委員会附帯決議――いつも附帯決議がついていますが、そういうものに沿っていまこれがきちっと出ているのだから、三者負担、三者負担なんといっていつも大蔵省連合会をおどかすということはいけないと思うのです。年がら年じゅうそれがずっと不安の一つ原因をかもしていると思います。ここまではっきり言っているのです。

広沢賢一

1969-06-19 第61回国会 衆議院 内閣委員会 第33号

当時の佐藤大蔵大臣です。現在の総理です。これは加藤陽三さん等が言っているんですよ、ずっと。ところが、このときに、あとのほうへ行きますと——赤城さんも最初は出そうかという気持ちがおありになったという。ところが、そこまでいくと、しっかりしているのは自衛隊の制服なんですね。これは旧軍です。日本軍というのは外へ行って戦争したことしかない。

大出俊

1969-02-28 第61回国会 衆議院 予算委員会第一分科会 第5号

ところが、当時、田中最高裁長官佐藤大蔵大臣現在の総理大臣との間の話し合いによって、三宅坂の地面がきまった。一般には三宅坂寄りのほうに国立劇場、そうして奥のほうに最高裁のほうがいいという、これは世論的なものもあったわけですが、しかし長官に当時会ってみると、えらい持論を言われたわけです。

川崎秀二

1968-03-16 第58回国会 衆議院 予算委員会 第17号

私は参考に、昭和三十三年、わが党の佐々木委員が本委員会において、当時の佐藤大蔵大臣金準備の不足についてこれを指摘した。当時、一体フランスはどういう状態にあったかといえば、例のいわゆるアルジェの問題で、結局、手持ちの金はゼロであった。直来十年間、今日フランス手持ち金は幾らですか。五十億ドルを突破しているという。このフランスドゴール政策が、この金恐慌の中で大きな示唆を与えておるじゃありませんか。

小平忠

1967-05-23 第55回国会 参議院 予算委員会第四分科会 第2号

佐藤大蔵大臣答弁は、山本さんそう言われるけれども、日本の金利は高うございます。やがては、これは国際並みに低くなるのですから、五分五厘といっても決してこれは低くありません。こういう答弁であった。それは、私はそのときに議論したけれども、ここで言いませんけれども、私はそう言っていない。平均余命、国勢調査で変わるたびに生命表をだんだん新しくしていくでしょう。一番最近のやつを持っていく。

山本伊三郎

1965-08-06 第49回国会 衆議院 大蔵委員会 第3号

だから佐藤大蔵大臣のころはっきり言っているのです。「ただいまのような経済情勢のもとにおきましては、いわゆるインフレマネーは使わない。いわゆる赤字公債であるとか、今また御指摘になりました金の再評価差益だとか、こういうものはいわゆるインフレマネーでございますが、そういうものは使わない、こういう基本的なはっきりした主張をいたしております。」

平林剛

1964-06-05 第46回国会 衆議院 大蔵委員会 第49号

ということを私が質問するのは、いわゆる附帯決議なんかの問題についてもしかりでありますが、この前にも申し上げましたが、三十四年に当時の佐藤大蔵大臣が云々ということを私は申し上げました。内容は申し上げません。そのとおりですよ、そういたします、努力はいたしますなんていって、結果、ふたをあけてみたら十年たっておったということになりかねないのですよ。皆さん方に私は不信感を持っているというわけじゃないのです。

卜部政巳

1964-05-26 第46回国会 衆議院 大蔵委員会 第44号

かつ附帯決議等も出ておることでありますし、さらに当時の大蔵大臣でありましたところの佐藤大蔵大臣が、附帯決議そのものが、毎年毎年それを実行いたしますといって実行されていないということについてはまことに遺憾であります、これからはそういうことのないように相はかりたいということを、議事録の中でも明確にしておりますが、少なくとも今日いままでの答弁を聞いておりましても、きょうの午前中の武藤委員の質問を聞いておりましても

卜部政巳

1964-05-12 第46回国会 衆議院 大蔵委員会 第40号

ただ先ほどの佐藤大蔵大臣当時の議事録に述べられたような発言と同じように、纐纈政務次官が検討するなどと言ってあとは検討しなかったということのないように、今度はこの問題について真剣に検討してみる、この点について十分意のあるところ、そしてまた誠意のあるところを決意として表明していただきたいと思いますが、よろしゅうございますか。

卜部政巳

1964-04-09 第46回国会 参議院 地方行政委員会 第23号

その後、私は佐藤大蔵大臣のときですから、相当追及いたしまして、考慮するということになっておるのですが、依然としてそれはされない。これは私は無理を言っておらないというのです。いま労働者が――労働者というよりも、地方公務員なり団体共済関係職員ということに限定してもいいのですが、困ったときに普通銀行なりその他の銀行で金を貸してくれないです。

山本伊三郎

1963-03-26 第43回国会 参議院 逓信委員会 第17号

ちょうど電電公社余裕金の運用について、今電電公社法によって国庫預託の制度があるのですが、こういうことについて、実は昭和三十四年、当時の佐藤大蔵大臣と私は予算委員会で質疑をいたしました。その結果、なるほどその当時はたしか二十億は無利子であった。あと日歩八厘の、安い、非常に低利の利息をつけて電電公社余裕金国庫預託さしておる。

鈴木強