2021-03-10 第204回国会 衆議院 内閣委員会 第7号
女性は、園遊会の会場で池の写真を撮り、途中、ジョギング中の当時皇太子殿下でいらっしゃった今上陛下にも遭遇したそうです。 皇室の安全は、あらゆる可能性を想定して確保されなければなりません。本来、御用地内にいるはずのない人物が、厳重であるはずのセキュリティーやチェックを経ずに存在し、中の様子を撮影し、天皇陛下の近くにまで接近できるなどということは、あってはならないゆゆしき問題です。
女性は、園遊会の会場で池の写真を撮り、途中、ジョギング中の当時皇太子殿下でいらっしゃった今上陛下にも遭遇したそうです。 皇室の安全は、あらゆる可能性を想定して確保されなければなりません。本来、御用地内にいるはずのない人物が、厳重であるはずのセキュリティーやチェックを経ずに存在し、中の様子を撮影し、天皇陛下の近くにまで接近できるなどということは、あってはならないゆゆしき問題です。
今上陛下まで百二十六代にわたり古来例外なく男系で継承されてきたことは、先人の努力のたまものと思います。 菅総理も、十一月四日、衆議院予算委員会で、安定的な皇位の継承を維持することは、国家の基本に関わる極めて重要な問題であると認識しています、男系継承が古来例外なく維持されてきたことの重みを踏まえながら、慎重かつ丁寧に行う必要があると思っていますと答弁されています。
今上陛下も命の水についての御著書の中でおっしゃっておりまして、まさに水の大切さというのを陛下もおっしゃっております。 そうしたことも踏まえて、もちろん、所管は国交省かもしれませんが、環境省としてこの南アルプスの自然を守っていく、環境を守っていくという決意をぜひお聞かせをいただきたいと思います。
これは、前例としての今上陛下の立太子の礼というのは、一九九一年、平成三年の一月八日に閣議決定をされて、二月の二十三日、陛下のお誕生日に挙行されています。公式には四十五日間の準備期間ということであります。
その際に、ここ、三木、美嚢という地名は、神功皇后という今上陛下の千七百年ほど前の御先祖様がお酒にちなんで命名されたものですよ、御酒(みき)、お神酒(みき)というのは今の日本語でも酒を意味するんですという話をさせていただいたところ、日本国の歴史の古さに非常に感銘を受けられるとともに、千数百年前からのテロワールですねという趣旨の話をされました。
もともとこの日本の長い歴史の中で、都というのは都(みやこ)で、いわゆる今上陛下がおわす場所が首都であり、そこが国の中心、政治の中心であるということで、京都におわすときは京都が都(みやこ)で、東京に新政府が、明治政府ができたときに、江戸城に遷都されて王都になったということから、東京が都(みやこ)、東京都になる伏線ができたということで、もともと東京市だったというところも踏まえて、その中で、東京市が合併されて
今上陛下を含めて、国民を挙げ、これ、閣議決定をして国賓として習近平国家主席を迎えるということは、それなりの我が国にも重い責務があると当然思いますけれども、国賓として迎える以上、国賓として迎えられる側の責任もあるのではないかと私思いますので、安倍総理にお伺いいたします。国賓としてお迎えする方へ日本側から求める条件ございませんですか。
平成から令和への御代がわりを迎え、今上陛下の御即位を心よりお祝い申し上げますとともに、上皇陛下、上皇后陛下に深い感謝の念を申し上げます。 憲政史上初めての譲位に日本じゅうが祝賀ムードに包まれました。NHKの世論調査によると、八〇%以上の方々が皇室に親しみを感じると回答したそうです。
そして、四月三十日には今上陛下の御退位、そしてまた五月一日には皇太子殿下の御即位が行われるわけでございます。このたびの御退位と御即位というのは、我が国にとっても約二百六十年ぶりのことでありますとともに、日本人にとって大変おめでたい、国を挙げたお祝いの日となります。
(拍手) 冒頭、昨日、今上陛下の御譲位と皇太子殿下の御即位に伴う本年五月一日の改元に向け、新元号、令和が発表されましたことに鑑み、一言申し上げます。 新元号が国民の生活の中に深く根づき、令和の時代が平和と繁栄の時代となることを望むとともに、御即位に伴う諸行事がつつがなくとり行われ、国民のみならず世界じゅうの人々がことほぐものとなることを祈念申し上げます。 それでは、質問に移ります。
今御質問いただきました三の丸尚蔵館でございますが、平成元年六月に今上陛下より国に御寄贈いただいた昭和天皇の御物を始めとして、皇室に代々受け継がれてきた美術工芸品等、点数は九千六百八十二点を収蔵しております。
今上陛下が即位されましたときに、軽井沢に御用邸が移っちゃうんじゃないかという心配が地元民から出ました。というのは、明治天皇の夏の御用邸は日光の田母沢、大正天皇が塩原、後に視力障害者センターになったところでありますが、昭和天皇が那須というわけであります。我々の心配は杞憂に終わりました。
恐らく今上陛下は九億何がしかの金融資産等を相続をされておられますが、四億二千八百万円、この財産の中から削って納税をされておられますので。 この三十年間、金利がどれくらいだったか、何度も議論をしてまいりました。皇室財産、先細りですね。非常に私は心配をしています。
でも、お手元に配ってありますこの新聞記事のように、昭和天皇陛下の財産を相続された今上陛下、四億二千八百万円税金を払われている。 憲法三十条には、「国民は、法律の定めるところにより、納税の義務を負ふ。」と書いてありますが、天皇陛下は国民に入るんでしょうか。
今上陛下におかれては、御即位以来三十年を超える長きにわたって、まさに象徴として、国事行為のほか、被災地のお見舞い、国内各地はもとより戦地となった外国の御訪問など、一つ一つの御公務を心を込めてお務めになり、皇后陛下とともに国民に常に寄り添ってこられたことは大変有り難いことであります。
今上陛下は第百二十五代の天皇であり、平成という元号は二百四十七番目ということでございます。退位は、江戸時代後期、一八一七年、光格天皇が御退位をされて以来約二百年ぶりとのことで、もちろん憲政史上初ということでございます。今上天皇陛下は日本国憲法下で即位をされ、そして、皇室典範と一体を成す天皇の退位等に関する皇室典範特例法の制定により退位をされます。
元号を改める政令につきましては、本年四月一日に閣議決定し、同日中に公布することとしておりますけれども、公布に当たりましては、今上陛下に御名御璽をいただくこととなっております。
例えば、トーマス・プリツカーという人のやっているプリツカー賞というのがありますけれども、これはいわゆる建築部門のノーベル賞と言われている部門で、これはハイアットリージェンシーを持っているプリツカーのファミリーでスタートされたんだと聞いていますけれども、この間は表彰式を日本でやって、今上陛下出られまして、両陛下で御出席でしたけれども、一建築屋がスタートしたものがあれだけのものにのし上がっていったというのは
また、御心配であるこの剣璽でございますが、皇室経済法第七条に規定される皇位とともに伝わる由緒ある物である剣璽は、本年五月一日午前零時の皇位の継承と同時に新天皇に継承されることになるわけでございまして、政府、私とか政府が一時預かるということはないわけでございまして、ぎりぎりまで、御退位になるまで今上陛下、そして、五月一日の午前零時をもって皇位の継承が行われますが、その同時に新天皇に継承されることになるわけでございまして
御即位を、三十年を迎えられた今上陛下は四月三十日に御譲位をあそばされ、法律用語で言えば退位でございますが、五月一日には皇太子殿下が神武天皇から数えて第百二十六代の皇位を継承されることになります。 そこで、官房長官にお伺いします。 この元号の歴史についてお尋ねします。
今上陛下の御譲位を可能にするための法律である、天皇の退位等に関する皇室典範特例法に対して附帯決議がなされました。そこでは女性宮家という言葉が出てきましたが、この女性宮家という言葉には定義はあるのでしょうか。お答えください。
今上陛下は御即位三十年を迎えられ、昨日も衆議院本会議において賀詞を奉呈させていただきました。陛下の御即位三十年に当たってのお言葉、また天皇誕生日でのお言葉は大変感動的なものでありました。皇后陛下とともに歩まれた天皇としての旅を終えようとしているという感慨を拝聴し、私も胸に迫るものがございました。私たち国民も、陛下とともに壮大な旅をお供させていただいたように思います。
総理も紆余曲折があるし、今上陛下におかれてももう御代がわりを迎えるわけですが、平成の時代にしっかりと天皇陛下にも、今上陛下に靖国に、何と申し上げるのかわかりませんが、参拝をいただくこともできていないわけであります。
今上陛下は、昭和五十八年、御自身の五十歳の誕生日の際に、論語の一節を引いて次のように述べられました。 好きな言葉に、忠恕があります。自己の良心に忠実で、人の心を自分のことのように思いやる精神です。この精神は一人一人にとって非常に大切であり、さらに、日本国にとっても忠恕の生き方が大切ではないかと感じています。