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15件の議事録が該当しました。

該当会議一覧(1会議3発言まで表示)

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2001-11-09 第153回国会 衆議院 外務委員会 第3号

一九三〇年代に、幣原協調外交か、あるいは当時は田中義一内閣もと軍が非常に強くなったわけですけれども、我々が、外交が防衛をきちっとコントロールできているかということも含めて、それはシビリアンコントロールのすべてじゃないと思いますけれども、そういう意味では、ケース・バイ・ケースでやりますということでほうっておく話じゃないと私は思うんです。  もう一度お答えできますか。

山口壯

1957-11-14 第27回国会 参議院 地方行政委員会 第4号

なお一ぺん駐留軍に提供して返還されたものに限るというようなお話でありましたが、駐留軍に終戦後提供した施設ばかりでなく、もと軍が使用した施設で使用を廃止して、しかも転用されておらないというようなものは、やはり当然その範囲に考慮しなければならぬものと思いますから、そういうところまで勘案して配分できるような法律に改めるということについて一つ御検討願いたいと思います。

本多市郎

1952-03-06 第13回国会 参議院 農林委員会 第11号

ところが軍のほうでは、もと軍使つておつたのだからこれは占領財産である、従つてこれを接収するといつたような問題が起つたのは承知いたしております。例えて申しますと、今問題になつております鳥取県の美穗に旧軍が買收いたしました土地があつたのであります。これを大蔵省から農林省に引継がれて、農林省でこれを開拓地として分割されまして、入植地とせられたのであります。

長岡伊八

1951-02-23 第10回国会 衆議院 決算委員会 第11号

先ほども参議院の建設委員会で、こういう物資をなぜ建設省が扱つておるかということで、御質問を受けましたので、ちよつとその点を申し上げますと、特殊物件というのは、もと軍が持つていた物資で、終戰後一旦進駐軍に押收せられ、その後日本政府に返還になつたものであります。これが、もと内務省で一括して扱つておりましたものを、昭和二十二年の末に内務省が解体しましたときに、その事務を引継いだ件でございます。

植田俊雄

1947-11-10 第1回国会 衆議院 厚生委員会 第29号

松谷委員 私は醫療制度に關しまして、今囘發表されつつありますもと軍醫に關する追放の問題について二、三お伺いしたいと思います。なおただいま私の手もとにまいつております資料は、栃木縣國立病院東京國立第一病院、この二つの資料から推して御質問申し上げたいと思います。栃木病院におきましては、約五名の醫師公職追放該當者として栃木病院を去ることになつておる。

松谷天光光

1947-11-05 第1回国会 衆議院 海外同胞引揚に関する特別委員会 第12号

國立病院からもと軍醫將校が逐次退職し、もしくは退職せしめられる。そのため今度來られたところの人々は老年者であるとか、あるいは學校を出たての若い方であるというようなことで、醫師としての素質能力に劣るのみならず、從來缺員が相當あるというような状態でありますので、病院としての診療能力が非常に低下しておるように聞くのでございます。

中嶋勝一

1947-08-01 第1回国会 衆議院 水産委員会 第9号

○石原(圓)委員 このごろできる船は、もと軍に徴用されまして、船を失つて非常に苦境に陥つた者がその再建をしておるのであります。その再建した船が、また先刻申しますようにでき損つて用をなさない。しかもそれらの船は安いので一隻四、五百萬圓、高いのは八百萬圓を超過するような船價でありまして、それが間に合わないことになれば、船主のみならず、乗組員全部も職業につき得ない。

石原圓吉

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