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33件の議事録が該当しました。

該当会議一覧(1会議3発言まで表示)

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1948-12-07 第4回国会 衆議院 建設委員会 第2号

長谷川(政)委員 本委員会においては、國土再建道路再建よりという見地から、わが國の道路の改善に関し種々檢討をいたして参りました。その第一段の措置として道路修繕に関する法律を提出する次第でございます。以下簡單にその要旨について御説明申し上げます。  すなわち道路修繕費國庫補助を行うこと並びに國道修繕を國の直轄工事として行うことを目的として、別紙案により道路修繕に関する法律議会立法として

長谷川政友

1948-11-29 第3回国会 衆議院 建設委員会 第8号

長谷川(政)委員 近く第三回國会も終了いたしますので、道路小委員会経過簡單に御報告申し上げます。  本小委員会は、道路法の改正、道路補修の問題、道路審議会問題等を調査研究いたすの目的をもつて、去る十一月二十七日に設置されました。不肖私が小委員長として御指名をこうむりまして、その後きわめて短期間ではありましたが、小委員打合せ会を開くこと二回、主として道路修繕費の問題について当局と懇談し、これが

長谷川政友

1948-11-29 第3回国会 衆議院 逓信委員会 第3号

長谷川政友君 先ほど政務次官から、これは前内閣時代の置きみやげだというお話がありましたが、私は第一回第二回國会逓信委員会理事をやつてつて、常に逓信省方面と相当密接な連絡をとつて仕事をしておりましたが、私そういう話は初耳であります。また当時大臣と随行してその地方を見たときにも、そういうことは全然感じなかつたのであります。そういうお話ならば、その話を一應信じて、私はまた別途の方法で考えてみたいと

長谷川政友

1948-11-29 第3回国会 衆議院 逓信委員会 第3号

長谷川政友君 ただいま林君からいろいろ申されましたことに補足いたしまして、福井貯金支局廃止につきましては、政府当局においてもいろいろ御事情があろうと思いますけれども、少しく事情を申し上げたいと存じております。  ただいま林君がおつしやつたように、手元には小幡福井縣知事以下全縣会議員、宮田府井市会議長以下三十余名の全市会議員、並びに口座加入者である小林清君以下五十名の連署で陳情書が参いつておるのであります

長谷川政友

1948-11-29 第3回国会 衆議院 逓信委員会 第3号

長谷川政友君 本請願福井縣丹生白山安養寺郵便局を新設してもらいたいという請願であります。当安養寺白山村本局から五キロの地点でありまして、この部落だけでも百七十戸を有するのであります。なおここに郵便局が設置されれば隣村の部落利用戸数を入れますと約四百戸程度のものが非常に利便を感ずるのであります。主要都市である武生市に対しましては九キロもあり、また丹生郡地方事務所に行きますには十三キロ、白山役場及

長谷川政友

1948-11-27 第3回国会 衆議院 建設委員会 第7号

長谷川(政)委員 ただいま守田議員から、道路小委員会を結成したいという御提案がありました。まことに時宜を得た御発言だと感謝いたしておる次第でございます。実はこの問題につきましては、前議会以來、そのたびごとに私は発言をして参つたのでございますが、いろいろな事情で、今議会までその実現が期せられなかつた。その地方の産業の発展とか、あるいはその他のものを見る場合には、ほかのことをいろいろ聞かなくとも、その

長谷川政友

1948-11-22 第3回国会 衆議院 議院運営委員会 第22号

長谷川(政)委員 私はまたただいまの御意見とはちよつと違いまして、あれはただ單に一つ新聞社のみに掲載されたということにおいて、私は重大な意味があると思うんです。そうして取消しを御要求になりましたが、その記事はこういう取消しをしてくれということがありましたという記事が出ているだけであつて、もしも新聞社が確信をもつて絶対に事実であるとかないとかいうならば、新聞自身責任をもつて自分新聞に掲載したらいいと

長谷川政友

1948-11-22 第3回国会 衆議院 議院運営委員会 第22号

長谷川(政)委員 いろいろ皆さんから意見が出ておりますが、私もただいまの御意見に似たような意見をもつております。それはどういうわけかと言えば、今民主自由党の方から申されることにつきましても、われわれはなるほどああいうことはあり得べきことではないと信じたい。ところが一方、新聞社の方では新聞公共性から見ても、根拠のないことを記事にすることもあり得ないように思われる。だからこれをうやむやにしないで、はつきりさせることが

長谷川政友

1948-09-27 第2回国会 衆議院 国土計画委員会 第20号

長谷川委員 各委員より詳しく御説明がありましたが、私は過ぐる六月、高田委員とともに北上川上流を見てきたものでありまして、この度の災害はこの雨のみで起つたものではないと考えるのであります。また野原委員より発言のありました特別委員会の件はもちろんいいことではありますが、福井震災後に國会関係者にきてもらつて、地元民は非常に感激した例にも鑑み、先ず委員会といたしまして早急に委員を派遣して調査し、しかる後それらの

長谷川政友

1948-07-06 第2回国会 衆議院 不当財産取引調査特別委員会 第42号

長谷川證人 純然たる商取引であれば、その品物を現地に見に行くとか、あるいは借用書を渡すということになるでございましようが、そのときの飯村君の言葉では、自分は二、三年前から某所に油をもつている。ところがその油を賣出すについて、倉庫料が相当溜つてつている。それを処分するのだから男と見込んで貸してくれというようなことで、手形にもせず、領收書にもせず、ただ名刺に——私は今も持つておりますが、これだけ預かつたという

長谷川政友

1948-07-06 第2回国会 衆議院 不当財産取引調査特別委員会 第42号

長谷川證人 ことしの二月十日ごろだと思いますが、飯村君から、何か非常な手違いで金が入要になつたので、ぜひ私にしばらくの間金を融通してくれぬかという話が議会でありました。そこで私は、君のことだ、何とか考えてみようという程度で二、三回頼まれましたが、そのままにしておいた。ところが三日、四日経つたときに、ひとつぜひ助けてくれ、飯村を男と見込んで君はどこから借りてきても結構だが、何とかしばらくの間貸してもらえないかという

長谷川政友

1948-07-05 第2回国会 衆議院 国土計画委員会 第18号

長谷川委員 九頭龍川の森田附近では堤防が一メートルも抵下いたしておりまして、現在一坪の家でも欲しいのでありますが、それよりも九頭龍川の堤防をつくつて欲しいとの要望があるのでございます。この地方は六月空つゆの時は七月に必ず豪雨がございまして、このまま放任するならば、堤防は崩れ、一面湖と化するのでございます。当局においては一日も速やかに対策を講ぜられんことをお願いいたしておきます。

長谷川政友

1948-07-04 第2回国会 衆議院 通信委員会 第25号

長谷川(政)委員 私は民主党を代表しまして重井君提出の修正案に賛成するものであります。本法案につきましては、民承知のごとく長期間にわたつて眞摯なる檢討を続けてまいつたのでございます。またわが党といたしましても、役員会並びに代議士会において、それぞれの立場からいろいろな御意見を拜聽して、万遺憾なきを期したいとはかつてまいつたのでございます。御承知の通りわれわれ委員長初め各委員並びに理事は、関係当局とも

長谷川政友

1948-07-04 第2回国会 衆議院 通信委員会 第25号

長谷川(政)委員 この際皆樣のお許のを得まして簡易生命保險及び郵便年金積立金運用再開に関する件につきまして、政府に強く要望いたしたいのでございます。その要旨をこれから申し上げまして、ぜひともこの件の達成できますように、御協力を願いたいと思います。  簡易生命保險及び郵便年金積立金は、現在御承知のように事業経営主体たる逓信省によつて運用されていないのであるが、右は簡易生命保險郵便年金事業の本質

長谷川政友

1948-07-03 第2回国会 衆議院 国土計画委員会 第17号

長谷川委員 私より今度の北陸地方震災につきまして、その概要を御報告申し上げます。  去る六月二十八日午後五時ごろ大規模なる地震がありまして、福井石川両縣にわたつて振巾大きく、各市町村は全滅の憂目を見たのでございます。道路、橋梁は破碎して交通は途絶し、通信機関もまた全滅いたしたのでございます。一昨日朝までの被害状況を申し上げますと、全壊三万四千戸、半壊五千四百戸、燒者三千名、負傷者一万に達しております

長谷川政友

1948-06-25 第2回国会 衆議院 国土計画委員会 第13号

長谷川(政)委員 昭和二十三年六月十日、衆議院規則第五十五條に依り、衆議院議長の承認を得まして、北上川に於ける融雪災害実情調査のため、高田弥市君並に不肖長谷川政友は、今野書記桂主事補を帶同し、六月十八日より四日間にわたつてつぶさに現地を視察してまいりましたので、此処にその報告を致します。  一、行程、六月十八日、夜行にて上野駅を出発、翌十九日早朝黒沢尻に致着し、此処にて、若林北上川上流工事統合事務所長

長谷川政友

1948-06-22 第2回国会 衆議院 国土計画委員会 第12号

長谷川委員 十八日夜より四日間にわたつて北上川災害状況、特に中小河川氾濫状態を視察いたしまして参りましたが、昨年の水害では甚大な被害がありまして、その復興も未だできておらず、しかも五月の大雨で、その復興もまた水泡に帰したのであります。全く原始的な河川が多く、大いに治山治水の必要を感じた次第であります。いずれその詳細は書類をもちまして御報告申し上げます。

長谷川政友

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