1961-10-24 第39回国会 参議院 地方行政委員会 第6号
政治警察にならぬようにだけはお願いしておきます。政治警察だけはもう真っ平なんです。以上で私の質問を終わります。
政治警察にならぬようにだけはお願いしておきます。政治警察だけはもう真っ平なんです。以上で私の質問を終わります。
○成瀬幡治君 最高裁の指摘しているのは、非常に政治警察になる危険ということを心配して、その運用を誤ってはいかぬということを指摘していると私は思います。それだけの心配のものをこの条例は十分持っているということを、私は指摘しておきたいと思います。
もっと言えば、思想的にもこの団体のどうも行動はおかしいから、これは許可することをやめるというような、政治警察的なこともできると思うのですよ。したがって、私は、そういう意味からいって、本質からいって治安立法ではないかと、こういうふうに考えておる。
私はそれが実は公安条例というものは政治警察の強化なり、治安立法の新しい型なんだという考え方をそのまま、問うに落ちず、語るに落ちるといいますか、そういうことを表わしておるのではないかと思う。なぜかというと、かくも大勢の人が国会へ来て訴えるというのは一体どういうわけか。それじゃ、一体国会議員というものは日常何らのそのような圧力を感じないで国会の審議をやっておるか。
従って警備部長の言うように、これとは別の規制の面であるならば、露骨にいうならば、政治警察の面であるならばもっと条件を緩和した方がいいだろう。むしろそういう政治警察であろうと行政警察であろうと何であろうと、警察権のぎりぎりの限界というものを警職法というものは考えておる。そのように私たちは考える。
さらに、この法律によれば、すべての団体及び団体構成員は、日常恒常的に警察並びに公安調査庁の監視のもとに置かれることになり、これを理由に、現在の政治警察である警備公安警察と公安調査庁は、その機構と予算を大規模に拡大する結果となります。本法案がそれを予想していることは明らかであります。
でありますから、ただいま御質問の政治警察などということは、もう警察全体と何ら関係なしに行なわれておる省の問題でございます。全然関係のない、毛頭ございません。そういう考えは片鱗もただいま私はないと思います。
今日警察制度が、自治庁とは全然違った立場になっておるのでありまして、従って自治庁を基礎にして自治省を作るということにおきましては警察の関係は全然ないと思うのであって、警察に対する不安あるいはおそれというものが内務省の復活という形においては出てくるはずはないと思うのですが、しかし、一番その世俗的に一種の色めがねをもって見られるということは、警察のうちでも政治警察であると思います。
この改正は、民主警察の根本を否定し、往年の政治警察の復活をはかるものでありまして、その具体的な現われの一つが、国家公安委員長は国務大臣をもって充てるという警察法第六条の規定であります。
ですから、まあ北の方はあなたの方に言っても今すぐいかんわけだから、南の方を、いくら李承晩が独裁政治、警察政治だといってもいろいろな人間が中にはおるのでしょうから、少しは脈を通じているだろうと思うのですね。そうすると、李承晩に対して相当批判勢力も、当然野党だけでなくてもあるのじゃないかと思います。そういう点は情報は相当確度の高いものをお持ちになっておるのかどうか。
そこで、右の事実、また民主主義の筋道からすれば、本来、直接民主制が本筋であり、代議制はやむを得ない制度であるにすぎないこと、従って、国民の集会、集団行進、集団示威運動など思想の表現の機会が可能な限り存すべきこと、東京都公安委員会による公安条例の解釈が、たとえば「公共の場所」の解釈に見られるように、きわめて恣意的であるように、治安関係の立法は恣意的または政治警察的に執行される傾向が見られることからしますと
東京都公安委員会による公安条例の解釈が、「公共の場所の解釈に見られるように、きわめて恣意的であるように、治安関係の立法は、恣意的または政治警察的に執行される傾向が見られるから、気をつけなければならない、こう申し上げたのです。そこで、治安立法ということの意味が何であるかということは相当問題になります。
それがやはり政治警察になり、秘密警察になり、特高警察になるもとであります。われわれは、戦前いかに特高警察に苦しめられたかということは記憶に新しいところでありまして、これは共産党だけではございません。ここにいる自由民主党の委員諸君も、その点では苦い目をなめておられますし、特に当法務委員会において、繰り返しその点について発言されるのは三田村武夫委員であります。
これが政治警察であり、これが秘密警察であり、これが特高警察なんです。特高警察、政治警察、そういうものはございませんと柏村警察長官が百万べん言ったところで、ちゃんとやっているじゃありませんか。社会党や共産党が政治警察と言う場合に、政府当局は、そんなものはございませんと言う。あなたの今言った政治に関与してはならないということをちゃんとやっているでしょう。
(拍手) それに関してお尋ねいたしたいことは、岸内閣の権力政治、警察政治を最も露骨に表明したものは、その労働政策によって見ることができると思うのであります。
専門的に政治警察というものがあって、時の権力者の擁護のために、またスパイ活動のために大いに働いたものです。しかし、今日の新しい警察というものは、人民のための、すなわち有権者のための警察としての機能というものが、そういう杉において成長してこなければならぬはずだと思う。民主主義の発達しておる国においてはそうなんです。
こういう点はやや今の警察というのは思想警察、政治警察の色彩を帯びてきていると思う。そして警察法の二条でうたわれているところの正しい意味の警察精神に欠けているのではないか。皆さん郷里に帰ってそれとなしに聞いてごらんなさい。どろぼうが入ったということで警察に連絡する。そうすると、近ごろは大体逃げたころに警官が来るようです。
憲兵政治、警察政治、こういう苦い経験をわれわれは持っておる。で、そこで今労働運動という一つの事象をとらえて、これに便乗して警察国家の再現をはかろうとする動きがあるじゃありませんか。これは唐澤さんが言っておる、治安維持法を出すと言っておるじゃありませんか。これは自民党のあなたは政策審議に参画しておるでしょう。
これは私は最近の警察は思想警察、政治警察、そういう方面に非常に神経過敏になり力こぶを入れて、風紀警察という方面について非常におろそかにしている傾向があまりにも日本には強過ぎるのじゃないか。
同時に警察力を強化した場合に、これに対して政治意図をもって政治警察の形をとるならば、私は完全に日本の民主主義政治の死滅であると思う。おそらくこれは警視総監も同様であろうと思う。しかもあなたの同僚の中に、同じ政府の要路の中に、そのような間違った行為をし、間違った考えを持つ者があるならば、私はこの際警視総監に断固として取り締ってもらいたい、その用意がありますか。
この問題については一昨年自治体警察から国家警察へ移るときに、われわれは国家警察は政治警察なのだ、だからあくまでも自治体警察で置かなければならぬと主張した。東京の警察官が昔のままの自治体警察であるならば、今のような問題にはならなかったと思う。そういう意味では今日の警察法は非常に国家警察的なものが強い、政治警察になる点を当時われわれは指摘したのだ。
破壊活動防止法、それから警察法の改正のときも、あるいは一切の国民の自由はなくなるかのようなことを言ったり、それから警察法のときは、政治警察が横暴をきわめる……、これらはどういう結果になっておるかしれませんが、おそらくこれも過大なる表現であっただろうと今では思っております。過大な表現をだれがするのか、匹夫野人がしているんではないのであります。
それから第二点は、この新警察法ができて、我々はまあこれには、政治警察になると特高警察になる虞れがあるとかいうことで、我々は御承知の通りに絶対反対をしたのですけれども、まあああいう事情で、事実上はできてしまつた。ところがその後の警察の動きは、特に労働争議等の問題に対しては、警察権力の不当介入という現象が非常に顕著になつておることは、例を挙げるまでもなく、御承知の通りなんです。
中央からこれがいいからこれを押しつける、こういうことであつては、御心配のような政治警察化するおそれも出て来るのでありまして、やはり地方の公安委員会の意向を十分そんたくするということが御修正になりました同意を得てということでもあろうか、かように心得ておる次第でございます。 —————————————
そうなつて参りますると、政治警察の傾向を辿らざるを得ないと思う。この点、民主的警察の理念という点から考えますと矛盾を来たすことになると思われるのでありますが、如何でありますか。
○政府委員(井本台吉君) 先ほど申上げましたように、この制度自体現行法よりも確かに或る程度政府に密着しておるということは言い得ると思いますけれども、この運用を法律の所期するようにやれば別にこれが政治警察に走るというようなことはないと、こう考えるのでございます。
ですから政治警察になり、国家警察になるということで、実はあなたの責任としてのこれは大問題ですから伺つておくんですが、犯罪は地域的なものだということをお考えになつて頂きたい。 それからその次に人権の問題に関連し、昨日から問題になつている警察官並びに警察に関する宣誓の問題ですが、質疑応答で伺つておるときに非常に心配になるのは、宣誓ということを余り重大にお考えになつていないのじやないか。
だからあなたが余り警察と政治とを混同されると、やはり政治警察だということにもなつてしまうから、全国的な犯罪というのは、これはなかなか政治的な問題があるので、警察プロパーの対象とすべき犯罪というのは地域的なものであるという原則は、これは是非誤まられないことを希望するのですが、どうでしようか。
昔の政治警察と一緒になるじやないですか。だから、これはそんな意味じやないというなら、これは積極的というのを削るべきじやないですか。
こうすると、政治警察方面の仕事はあるいは能率がよく行くかもしれません。しかし、それがあぶないのであります。司法警察方面でも、犯人の捜査など、あるいは少しはよくなるかもしれませんが、それは、戦前のそれのごとく、何千何万の善良なる国民を一応疑つて、逮捕、拷問、長期勾留を行つた上に得られるところの成績であります。