1967-05-09 第55回国会 衆議院 内閣委員会 第4号
昭和四十二年五月九日(火曜日) 午前十時三十二分開議 出席委員 委員長 關谷 勝利君 理事 伊能繁次郎君 理事 塚田 徹君 理事 八田 貞義君 理事 藤尾 正行君 理事 細田 吉藏君 理事 大出 俊君 理事 山内 広君 理事 受田 新吉君 内海 英男君 桂木 鉄夫君 塩谷 一夫君 高橋清一郎君 橋口 隆君
昭和四十二年五月九日(火曜日) 午前十時三十二分開議 出席委員 委員長 關谷 勝利君 理事 伊能繁次郎君 理事 塚田 徹君 理事 八田 貞義君 理事 藤尾 正行君 理事 細田 吉藏君 理事 大出 俊君 理事 山内 広君 理事 受田 新吉君 内海 英男君 桂木 鉄夫君 塩谷 一夫君 高橋清一郎君 橋口 隆君
大久保武雄君 大竹 太郎君 大坪 保雄君 大野 明君 大野 市郎君 大橋 武夫君 大平 正芳君 大村 襄治君 岡崎 英城君 岡本 茂君 奥野 誠亮君 加藤常太郎君 加藤 六月君 鹿野 彦吉君 賀屋 興宣君 鍛冶 良作君 海部 俊樹君 桂木 鉄夫君
昭和四十二年四月五日(水曜日) 午前十時三十三分開議 出席委員 委員長 矢野 絢也君 理事 齋藤 憲三君 理事 中曽根康弘君 理事 石野 久男君 理事 三木 喜夫君 理事 内海 清君 岡本 茂君 桂木 鉄夫君 木野 晴夫君 佐藤 文生君 坂本三十次君 増岡 博之君 三ツ林弥太郎君 出席国務大臣
)(第三〇号) 同外一件(中谷鉄也君紹介)(第三一号) 同外二件(始関伊平君紹介)(第三二号) 同外二件(藤本孝雄君紹介)(第三五号) 同外三件(千葉三郎君紹介)(第三六号) 同外四件(山下元利君紹介)(第七四号) 同(内藤隆君紹介)(第一一二号) 同外一件(大村襄治君紹介)(第一二二号) 同(折小野良一君紹介)(第一二三号) 同(床次徳二君紹介)(第一二四号) 同外一件(桂木鉄夫君紹介
昭和四十二年三月二十三日(木曜日) 午前十時十七分開議 出席委員 委員長 矢野 絢也君 理事 齋藤 憲三君 理事 中曽根康弘君 理事 渡辺美智雄君 理事 石野 久男君 理事 三木 喜夫君 理事 内海 清君 秋田 大助君 池田 清志君 岡本 茂君 桂木 鉄夫君 佐々木義武君 世耕 政隆君 藤尾 正行君
昭和四十二年三月二十三日(木曜日) 午前十時三十二分開議 出席委員 委員長 關谷 勝利君 理事 伊能繁次郎君 理事 塚田 徹君 理事 八田 貞義君 理事 藤尾 正行君 理事 細田 吉藏君 理事 大出 俊君 理事 山内 広君 理事 受田 新吉君 赤城 宗徳君 荒舩清十郎君 稻葉 修君 内海 英男君 桂木 鉄夫君
秋田 大助君 荒木萬壽夫君 池田 清志君 岡本 茂君 桂木 鉄夫君 小宮山重四郎君 佐々木義武君 齋藤 憲三君 世耕 政隆君 中曽根康弘君 野呂 恭一君 福井 勇君 藤尾 正行君 村上信二郎君 和爾俊二郎君 加藤 勘十君 田中 武夫君 松前 重義君
赤城 宗徳君 井村 重雄君 伊能繁次郎君 稻葉 修君 内海 英男君 大石 武一君 桂木 鉄夫君 佐藤 文生君 塩谷 一夫君 關谷 勝利君 塚田 徹君 辻 寛一君 橋口 隆君 八田 貞義君 藤尾 正行君 藤波 孝生君 細田 吉藏君 稻村 隆一君
横山鉄夫二佐は対ソ情報班に属しておられます。すなわち日本の自衛隊のG2に当たるわけです。このG2に当たられる方ばかりが出席なさり、向こうもG2が出てきて、アメリカのG2と日本のG2がここで合同会議を開いたということは否定できない事実です。このG2の合同会議の中で議題が二つあった。
○飛鳥田委員 それでは伺いますが、昨年の九月十五日から二十五日まで、広瀬一佐、高杉一佐、横山鉄夫二佐その他数名の方がハワイの太平洋軍総司令部に御出張になりませんでしたか。
その後、オランダとの間に、昨年六月巣鴨から釈放せられました同国関係戦犯林鉄夫君の再収容問題が突発し、これがために全受刑者留守家族に深刻なる不安動揺を与えるおそれがありましたので、本委員会といたしましては、政府当局より同問題の真相を究明いたしました結果、林問題につきましては、巣鴨移管当時における引継ぎの際の手違いであつて、日本政府の落度でないことが判明いたしましたが、オランダ政府の強硬な主張もあり、当時停滞
ただいま御指摘になりましたオランダ関係の林鉄夫という人の問題につきましては、その巣鴨を管理しておりました連合軍からもらいました引継書には減刑になりまして、そうして十年という刑期がはつきり記載してあつたのであります。そこで私どもとしては、本人から聞いたところでは自分は無期の言い渡しを受けておつた。
○押谷委員 林鉄夫の間違いにつきましては、ただいまの御説明でよくわかりました。そしてまた気の毒にも再度巣鴨入りをした本人に対していろいろ御配慮をいただいていることも感謝いたします。ここで問題になるのは、日本の政府が戦犯者の刑の執行をする場合において、今御説明のように判決原本は日本は持つておりません。
○押谷委員 話は別でありますが、最近非常に社会問題として報道陣を賑わした問題に再度巣鴨入りをした林鉄夫という人の問題がありますがこれはどういう事情からさような間違いができたか、その間の消息を伺いたいと思います。
林鉄夫さんという方は、戦争中憲兵として南方のセラム島に駐屯しておられたときの事件のために戦争後オランダ官憲につかまえられまして、昭和二十二年の三月に蘭印のアンボンのオランダ軍事法廷で終身刑の判決を受けまして、その後現地で服役されておつたのであります。昭和二十五年一月二十三日に巣鴨に帰されまして、その後巣鴨で服役されておつたのであります。
なお、林鉄夫氏の問題につきましても、まことに私どもその不幸お気の毒にたえないのでございますが、先ほどの古内戦犯室長の話を聞き、一抹の愁眉を開いた感もございますが、政府におきましては全力をあげてこの災いが福に転じますように御努力願いたいことを要望いたしておきます。
○庄司委員 ただいまの御説明で、不幸なる運命にある林鉄夫君の受刑者としての身分関係のことは一応了承いたしましたが、確定裁判における原刑の終身刑というものが、その後オランダ女王のお祝いか何かそういうことによつて、終身刑一等を減じ、あるいは二等を減じ、有期刑十年とか二十年ということになつておるか、あるいは依然として原判決にあるところの終身刑ということに今日もなつておるかどうか、これを念のために伺つておきたいのであります
津田 弘孝君 日本国有鉄道理 事 (施設局長) 江藤 智君 参 考 人 (早稲田大学総 長) 島田 孝一君 参 考 人 (評論家) 阿部眞之助君 参 考 人 (興亜機械株式 会社社長) 桂木 鉄夫君
すなわち早稲田大学総長島田孝一君、東京急行電鉄株式会社会長五島慶太君、評論家阿部真之助君、興亜機械株式会社社長桂木鉄夫君、法政大学総長大内兵衛君の五氏が推薦されました。よつて以上の諸氏を参考人に指名いたしたいと存じますが、御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
それは昨年十二月八日で拘束されたのですが、内容は贈賄となつており、元通商産業技官上田鉄夫に小切手二十五万円と元警視庁警部飯澤源一郎に小切手二十五万円を貸借名簿で贈賄したということで本年二月十四日に起訴されました。私は二十日間拘束され、飯澤も二、三日拘束され、上田は臨床訊問だけでありました。
それで逮捕令状というのは、新橋駅前の喫茶店ケーの二階において、商工省官吏上田鉄夫外一名に、一回二千円から七千円程度の饗応をなしたる件、五、六回なんですが、そういう逮捕令状になつておりましたから、安心して大したもんじやないと思つて、小さい事件だと思つて行きましたところが、行きましたら直ぐ取調べに入りまして、ちやんとそれまでには、全部警視庁の方では調べが全部できておりまして、金額が警視庁へ二十五万円、商工省
出席委員 経済安定委員会 委員長 小野瀬忠兵衞君 理事 志田 義信君 理事 多田 勇君 理事 永井 英修君 理事 森 曉君 理事 成田 知巳君 理事 笹田茂太郎君 理事 米原 昶君 篠田 弘作君 福井 勇君 細田 榮藏君 勝間田清一君 田中不破三君 羽田野次郎君 岡田 春夫君 浦口 鉄夫君
月曜日) 午前十時四十七分開議 出席委員 委員長 辻 寛一君 理事 飯塚 定輔君 理事 加藤隆太郎君 理事 松井 政吉君 理事 田島 ひで君 理事 大西 禎夫君 宇野秀次郎君 風間 啓吉君 高塩 三郎君 坪内 八郎君 橋本登美三郎君 降旗 徳弥君 松本 善壽君 井之口政雄君 浦口 鉄夫君